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聖女として召喚されたので、期待に応えてみた結果  作者: 珠音


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雪山に薄着でいると誤解される事もある

白い無重力の空間の中、実菜はコートと手紙を離さないよう必死だった。

風を受けている感覚はあるので、無重力とは違うのだろうが、今、自分が何処に向かっているのか、上がっているのか、下がっているのかさえ分からない不安でいっぱいであった。


それが一瞬の出来事だったのか、それとも数分か分からないが、突然、重量を感じたと思ったら落下した。


「ぎゃっ!!」


軽い衝撃が背中に走る。どうやら背中で着地したらしい。目の前には青空が広がっていて、実菜は仰向けに横たわっていた。


実菜は視線だけを動かし周囲を窺う。

空を見ているという事は外である。そして、騒ぎが起きていない事から、人には見られていない。


そして……森とも言える木々が視界に入っている事から、実菜はここが自分の住んでいたマンションではない事を悟った。

しかも、その木々には雪が積もっている。



もしかして……何処かの山?!



記憶を辿っても、あの日、少なくとも平地で雪は降っていなかったように思う。雪が降って、しかも積もっているとすれば山間部しかない。そもそも日本かどうかも分からない。


実菜は溜め息を吐いた。吐いた息が白い。



ちゃんと日本に帰って来たのよね?

……ここが何処か直ぐに分かれば良いけど。



「寒っ!」


コートは持ったままだ。魔法陣に入った時点で着ておけば良かったと少し後悔した。


「そりゃ、そんな薄着じゃ寒いよね」


「っ?!」


突然、地面から男性の声が響き、驚いて身体を起こした。地面に着いたはずの手がふにゃんとした感触を掴む。



何、ふにゃんて……。



実菜は恐る恐る自分の手元に視線を落とす。そこに見えたのは黒いダウンジャケット。実菜はそのジャケットを掴んでいたようだ。


「うわぁあーっ!!ごめんなさい!ごめんなさいっ!!」


実菜は見知らぬ男性の上に着地していたらしい。



静加ーっ!!何してくれてんのよー!!

もう〜〜!道理で衝撃が少ないはずよ!!



「よっと!」と、いう先程と同じ声と共に地面が動いた。


地面と思っていたのは男性だった訳で。

気付けば実菜は、起き上がった見知らぬ男性にバックハグされているような状態になっていた。


「す、すすすすみませ……!!」


実菜が振り返りながら起き上がろうとしたが、その男性に腕を掴まれ、何故か引き戻されていた。


「ひぃいぃぃっ……!!」


起き上がろうとしたところを無理矢理引き戻されたので、今度は実菜が抱きついているような状態になっていた。



「〜〜っ〜〜っ?!?!」



その男性は、驚く実菜の顔を自分に向けるように頬を手の平で包む様にすると、実菜の顔を覗き込むように顔を近付けて来た。

想定外の状況に実菜の心臓が跳ね上がった。ばくばくと脈打つ心臓がうるさい。



近っ、近いんですけどっ?!何っ、何なのこの状況はっ?!

っていうか、何でこんなにどきどきしてんの、私っ?!心臓が飛び出しそうなんですけどっ?!

ああ!こんなシチュエーションに免疫がないからかっ!!

……あ、でもこの人、凄い整った顔……イケメンだわぁ。


じゃなくてっ!!



これまでに無い程、思考回路と目をぐるぐると回している実菜を他所に、その男性は実菜を覗き込んだまま小首を傾げた。


「生きた……人間?」



ほぇっ?!



「……だよね。体温があるし……重いし」



ぼへぇーーっ?!?!



その男性の「重い」の一言に、弾かれたように立ち上がる実菜。

男性は立ち上がった実菜をきょとんと見上げていた。


「ごごごごごめんなさいーっ!!私、ちょっと、太っちゃって、それで、あの……」


どうでもいい事を正直に話す実菜に、男性が「あ」と、声を漏らし、慌てて立ち上がった。

立ち上がると予想より背が高く、完全に実菜は見下されていた。


「いや、ごめん!違うんだよ。重いっていうのは、重いって事じゃなくてね……あー、何ていうか実体があるっていう事で……」


男性は言い難そうに「あー」と、頭を掻いている。


「ほら、君、雪山なのに薄着だろ?えっと……静加さんは、よく()()()()()連れて来ちゃう人だからさ、つい……」


「静加っ?!静加って、静加っ?!」


そういうのとは何だと思ったが、その前に「静加」という名前に反応してしまう。


「あ、うん?九条静加……さんの事だけど?

君、静加さんの患者さん……だよね?」


「患者っ?!えっ、静加ってお医者さんなのっ?!」


ならば、静加が薬などに色々と詳しかった事も合点がいく。が、その男性は訝しそうに実菜を見遣る。


「医者とは違うけど……患者さんじゃないの?しかも俺の養母を呼び捨てにしてるなんて、君……もしかして凄い人?」


実菜は、はっと我に返った。


「あなたが、静加の養子?!もしかして、ここ静加の家っ?!」


冷静に周りを見渡せば、一面白い雪で覆われてはいるが、どうやらここは平屋一戸建ての庭であるらしい。数メートル先に古めかしい家が建っていた。


「事情がありそうだし、取り敢えず家に入ります?幽霊じゃないならその格好は寒いでしょう」



ふはぁああっっ?!幽霊っ?!

……そうか、()()()()()って、幽霊の事か、雪山に薄着……確かにね。パンプスなんて更に有り得ないしね。



苦笑している男性のお言葉に甘えて、家の中に入れてもらうと、ほんわりと中の空気が暖まっていた。


「……生き返るぅー……コーヒーなんて久しぶりぃー」


温かいコーヒーを振る舞われ、身体の中から暖まってきた実菜は溶けそうになっていたが、ここで再び我に返った。


「……はっ!!そうじゃないのよ!静加!静加は今、何処にいるのっ?!」


静加は実菜が召喚された同日に送ると言っていた。という事は、今日、静加が亡くなった日という事になる。


「静加さん?静加さんなら……まだ朝の散歩から帰って来てないけど?」


静加は毎朝の日課として裏山を散策しているのだという。壁に掛かっていた時計を見ると八時半をまわっていた。



あの日、何時頃マンションに帰ったんだっけ……確か、始発には乗れなくて……でも通勤ラッシュじゃなかったから……八時前には帰ったはず。



「でも、いつもよりちょっと遅いかな?見て来るから待っててくれる?」


息子が心配そうに小首を傾げて立ち上がった。


「あの、待って!その前にこれ!静加からあなたに渡すように頼まれました」


「え?……静加さんから?」


恐らく、もう残念な事になっているとは思ったが、無事だった場合、色々変わってしまう。実菜は静加を見殺しにするようで気分は良くないが、静加からの手紙を手渡した。



息子は怪訝そうな表情でそれを受け取ると、座り直して中の便箋を取り出す。

何が書かれているかは分からないが、読み進めるその表情に疑問符が付いたり、眉を顰めたり、笑ったりしていることから一連の経緯が記されているのだろう。


手紙を読み終えた息子が長い溜め息を吐く。


「なるほどね……異世界……っていうの?些か、信じ難い内容だったけど、静加さんなら有り得なくもないと思ってしまうよ」


意外にも冷静な息子は居心地悪そうに実菜を一瞥した。


「あの……実菜……さん、でいいのかな?静加さんから……『念の為に伝えておくと、あの施設はもう解体されてるからね。意味が分からないなら、それでいいよ』だって。一応そこの住所なのかな?それも書いてあった」



あの施設?何の話かしら。それにしても直接言ってくれたら良かったのに。意味が分からなくても聞けないじゃないの。



首を傾げる実菜を見て、息子が苦笑した。


「まぁ、住所は教えておくね。俺は一応、静加さんを探してくるよ。ここで待っててもらえる?」


「私も行っていいかしらっ?!」


実菜が勢い良く立ち上がったが、息子はそんな実菜をじっとりと見つめた。


「……その格好で?」



……あ。




そして、数分後。二人は裏山へと入っていた。

結局、実菜は静加の長靴を借りていたのだが、日本では静加はお婆ちゃんである。サイズが少し小さくきつきつだった。

天気が良いお陰で、上はコートとマフラーで何とかなっているが、やはり寒いものは寒い。


すぼっ、ずぼっとふくらはぎ位まで埋まりながら雪道を進む。静加の家から上には家がないので通る人間がいない。二人が踏み入れる前に、ひとり分の足跡が付いていた。きっと、それが静加の足跡なのだろう。


暫く行くとその足跡は道を外れ、森の中に続いていた。木々の間を縫うように奥へと続いて行く。


「この奥がいつもの散歩コースなんだけど、大丈夫?」


「……何とか」



……あまり、だいじょばないけど。

静加よ。何で森の中が散歩コースなんだ。



距離にしたら大した事はないのだが、何分にも実菜は雪道に慣れていない。息は切れていた。

息子は実菜の様子に頷くと、先程よりも歩みを遅くしてくれていた。


静加の足跡を追って行くと、木々が開かれ明るい場所へと出た。


「気を付けて、ここ崖だから」


「……ほぇっ!!」


雪でよく分からなかったが、確かに三メートルくらいから先が無い。

静加が付けたであろう足跡の先に、人が滑り落ちた様な一部潰れた場所があった。


「……ここか」


慎重に近付き下を覗き込むと、崖の下の雪に人ひとり分くらいの穴が空いていた。


「ん?」


しかし、二人がどんなに目を凝らして見ても、その穴の中に人影は見えない。這い出た様な跡も見当たらない。


「んー?どういう事?」


実菜は首を捻ったが、息子は笑い出した。


「どうし……ました?」


ショックでおかしくなったのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「手紙に……『もしかしたら、神様のいたずらで遺体はないかもしれないけど、確かに崖から落ちて死んだからね』と、書いてあったんだ」


「……神様?」



……なんだそりゃ?



理由を聞いてもよく分からない実菜の隣で「マジかよ」と、笑い続ける息子。



この状況で笑ってる……流石、静加の息子。……養子だけど。



ふと実菜は、静加が滑り落ちたのであろう崩れた雪の中に緑色の物が埋もれているのを見付けた。実菜は特に何も考えずにそれに手を伸ばした。


「きゃぁあっ?!」


しかし、地面があると思って手をついた場所は崖だったらしく、ボサァッと落ちる雪の塊と一緒に実菜も崖下に落ちるかと思われた。


「ちょっ、大丈夫?君、意外とやんちゃだね」


間一髪。彼がバックドロップする気か、という勢いで実菜を引き戻してくれた。


「あ、ありが……ふぇっ?!」


振り返った実菜の心臓は再び痛いくらいに脈打ち始めた。

文字通り、目と鼻の先に彼の顔がある。しかも彼の腕はしっかりと実菜の腰に回されていた。



近っ、近いんですけどぉ〜っ?!

何で、この人この距離で平然としてるのぉ〜!!

イケメンとはそういう生き物なのかっ?!

こっちの心臓事情を察してくれ!!



「何?何を持っているの?」


しかし、彼は実菜のそんな心情など気付きもしない。実菜が先程、雪が崩れる既の所で掴まえた物を実菜の手ごと自分の方へと近寄せた。


「何、葉っぱ?」


「そ、そこに……落ちてて……」


やはり平然としている彼に、実菜が何とか答える。視線を彼から逸らした事で少し落ち着いてきた。


「ああ……これは、静加さんが持って来た物じゃないかな」


「……え」



静加よ、何故にそんなに葉っぱが好きなのか。



「よく分からないけど、葉っぱとか変な形の石とか、あと……デイジーの花とか?思い出らしいよ」


「……思い出」


「静加さんが若い頃、婚約者がいたんだけど……この崖で亡くなったんだ。その婚約者との思い出があるみたい。

だから、毎日ここへ来て葉っぱとか、デイジーの花とか崖の下にお供えだって言って投げてた。

雪が溶けたら分かると思うけど、崖下には変な形の石がいっぱい落ちてるよ。

静加さんて、意外と乙女だよね」


彼は遠い目で語った。……実菜をバックハグしている状態で。


「一緒になれたなら……良かったよ」


良かった。静加は最初デイジーと名乗ってたくらいだから、確かにそれは良かったが、今の状況は実菜にとってはすこぶる良くない。

彼にとっては異性との近距離など何気ない日常のひとコマかもしれないが、実菜にとっては晴天の霹靂と言っても過言では無い。


確か、セシルとも似たような状況があったような気がするが、この気持ちの違いは何なんだ。


「あの……いつまで……?」


恥ずかしさを押し殺し、意を決して言った実菜だったが、慌てた様子で離れて行く彼の体温に、名残惜しさを感じてしまい、更に恥ずかしくなってしまった。




再び部屋へと戻り、コーヒーを振る舞われたがどこか気不味い雰囲気になっていた。


「あ〜、実菜さんは……これからどちらに?」


この空気を打開しようとしたのか、彼が話を振ってくれた。


「今日は仕事は休みのはずなので……明日から仕事で」


「何の仕事をしているの?」


「Kカンパニーという会社で、イベント企画を……」


彼は「へー」と、曖昧な返事をしていたが、実菜は次第に記憶が鮮明に戻って来た。



そうか……私、またあの忙しい職場に戻るんだった。

……でも、折角だから心機一転で転職でもしようかしら。



「大変なの?」


実菜の暗い雰囲気を察したのか、彼が実菜の顔を覗き込む。その心配そうな彼の顔を見て、ついつい爆発させてしまった。……会社の愚痴を。


愚痴を発散させ、憂鬱な気分が晴れたところで彼が苦笑している事に気付く。


「ごめんなさい!!私ったら初対面の人にべらべらと!」


「いいよ、そういうのは発散させた方が良いだろうから」


確かに気持ちは楽になった。それに、なんと言っても彼は話を引き出すのが上手かった。なのでついつい話し過ぎてしまったのだが……迷惑ではなかったかと実菜がちらっと彼を窺うと、ふいっと視線を逸らされた。



あ……やっぱり、迷惑だったよね。「いい加減にしろよ」とか、思われてるのかも。



実菜は自己嫌悪で手にしたコーヒーカップに視線を落とした。自分の長くなった黒髪が視界に入る。そこへ、その髪に手を伸ばす手も視界に入った。


「それにしても、髪、長いよね。大変じゃないの?」


がばっと顔を上げた実菜の前にはテーブルの上に身を乗り出し、実菜の髪を一房取って実菜を見つめる彼がいた。


「〜〜っ〜〜っ?!?!」


「でも、長いのに艶があって綺麗だよね」



また、この人は……この人はぁあぁーっ!!

私に心臓発作で死んで欲しいのかっ?!完全犯罪を目論んでいるのかっ?!そうなのかっ?!

私の髪を……髪をっ……って。


……髪?



「あぁあーっ!!」


「ぅわぁあっ?!ごめんっっ?!」


突然の実菜の叫びに驚いて、条件反射なのか髪から手を離した彼が降参の仕草で両手を上げた。


「私……私って一年前って、どのくらいの髪の長さだったかしら」


「……知らない」



………そりゃ、そうだ。



ここに居たら心臓が持たない。それに美容室にも行かなければならない事に気が付いた。

職場の人たちは私の髪が長くなっていようが気付かないかもしれないけど、驚かれたら面倒だ。

「帰らなければ!」実菜は勢い良く立ち上がった。


「………」


「………?」


突然、立ち上がった実菜を彼が不思議そうに見上げている。そんな彼を実菜が困り顔で見つめた。


「ここ……何処ですか?」


「………」






結局、最寄りの駅まで……車で二時間かかった……彼の軽トラで送ってもらい、電車で実菜の住んでいるマンションがある都内まで帰る事にした。

その道中、彼が静加がどんな人だったかを話していたが、実菜は彼との距離が近くなる軽トラの中、緊張で上の空で過ごした。


そして、駅に着いた時に気付いた。



私、お財布持ってないっ!!!



顔から火が出る思いで彼からお金を借りて、そそくさとホームへと走る。そんな実菜を彼は見えなくなるまで手を振って見送ってくれていた。





「……神倉実菜……。一応、調べておくか」


彼は実菜の姿が通路から見えなくなると、通路を見つめたまま呟き、スマホを手にした。

お読み頂き有難う御座いました。

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