実菜、夢を見る
実菜は王宮の自室のソファに座り、考え込んでいた。
「……落ち着かない」
さっき感じたもやもやの原因を考えていたのだが、何しろ部屋が広すぎて落ち着かない。
改めて見ると、自室として与えられているこの部屋は、実菜が住んでいたマンションの部屋が5つくらい収まりそうなくらい広い。
「そりゃ、キングサイズのベッドも圧迫感がないはずよね」
実菜はこの部屋で目が覚めた頃の事を思い出していた。
「そういえば、私の私物ってないわよね」
広い部屋が、がらんとして感じるのは物がないからだと気付いた。実菜には静加のようにガラクタを集める趣味もなければ、この世界に来てから買い物もほとんどしていないし、そもそもこの部屋で過ごす事自体がほとんどないのだ。物が増える理由がなかった。
日本にいた時は狭い部屋に物が溢れていたのに。変なの。
休みの日に、コレをしようアレをしようと、アロマ系の癒しグッズやら、何かしらの手作りキットやら貯めに貯めて、仕事が忙しくて結局放置したまま溢れていくのだ。
しかし、それを思い出したとて、この世界で同じ事をしようと思わないのは何故だろう。
「私、この世界で生きていく気がないのかしら」
実菜は極論に辿り着いた。
「そもそも、私は何でここに来させられたんだっけ??」
実菜は原点回帰すべく、腕組みをして唸り始めた。
えーと、先ず、純子としてこの世界に召喚されたのだったわね……もうほとんどその頃の事は忘れてしまったけど。
……で、その時に浄化しきれなかったから、ジュアンとしてまたこの世界に生まれて来て……つまり、それはもう浄化された訳で……。
「……私、ここに居る意味なくない??」
そもそも職業聖女って、何なんだ?どんな仕事をするんだ?
何百年も存在してなかったから、国だって聖女を持て余してるんじゃないの?
「だから、私……暇なんじゃない??」
忙し過ぎてもストレス、暇過ぎてもストレス。
何事においても適度である事が重要である。
実菜はストレスの原因には辿り着いたが、結局もやもやの原因を探り当てる事が出来ぬまま、眠りについた。
*****
「……アン様、ジュアン様」
実菜が誰かに声を掛けられ目を開けると、知らない老齢の男性が二人、ベッドに横になっている実菜を心配そうに覗き込んでいた。
もう朝なの?それに、誰?
ぼんやりした頭で二人が誰なのか思い出そうとしたが、次の瞬間、実菜は自分が実菜でない事に気付く。
「……クリスフォード卿に、スティックマイヤー卿。私は、また目覚めてしまったのですね」
実菜の口から発せられた言葉は実菜が発したものではない。老齢の女性の声だ。自分は夢を見ているのだと理解した。
さっき、この人は私の事をジュアンと呼んだわ。という事は、私はジュアンになった夢を見てる?
よく分からないけど……夢、よね?
「ジュアン様、またそのような事を……」
クリスフォード卿と呼ばれた男性が苦い顔をした。
クリスフォード……セシルのご先祖様かしら。歳は取ってるけど、顔の雰囲気がセシルに似ている気がする。セシルとリュートはお父様とも雰囲気が似ているし、もしかしたらこの家系は代々こういう顔つきなのかもね。
夢の中のシリアスな雰囲気とは程遠い、のんびりした事を考えていると、ふと自分の……ジュアンの腕が脇のナイトテーブルへと伸びた。
「でも、来てくれて良かったわ……その引き出しを開けてくれるかしら」
クリスフォード卿が、言われた通りその引き出しを開けると、中には大きさ10センチほどの小瓶が入っていた。中には無色透明の液体が入っている。
「これは……」
「……それは、私の作る最後の回復薬です。大事になさって」
クリスフォード卿が小瓶を手に取り、やはり苦い顔でジュアンを見遣る。
「最後などと……これはジュアン様がお飲み下さい」
「ふふ……これはまたおかしな事を……生き物は死ぬ運命を背負って生まれて来ます。流石に私の回復薬でも運命までは変えられません」
クリスフォード卿もスティックマイヤー卿も、黙ってジュアンを見つめている。ジュアンもまた、二人を見つめ返していた。
「とうとう、私の捜しものは見つかりませんでしたし、私はそろそろ幕を下ろしたいのですけどね。
中々逝かせてもらえないものですね……立場上、自害する訳にもいきませんし」
ジュアンは「ふふっ」と、小さく笑うと「少し喋り過ぎたようです。疲れました……休みますね」と、言って二人の男性を見つめたまま目を閉じた。
ジュアンの枯れ枝の様な腕を見るに、もう彼女は長くないのだわ。そう感じながら、実菜の意識はその場から遠のいた。
*****
「……という夢を見たのよ」
「ふーん?」
研究室で実菜は興奮気味に、昨夜見た夢の話を静加に聞かせていた。研究室は、昨日のお祭り騒ぎの余韻が残っているのか、ふわふわと浮足立った雰囲気が漂っている。
因みに、ロイドは正式な師団員となったが、やはり第一へと移動してしまい、暫く会ってもいない。
「どう思う?」
「どう思うって……逆にどう思ったのよ」
興奮していた実菜に対し、静加は素っ気ない。
「どうって……言われても」
「じゃあ、私も同じよ」
今になってこんな夢を見るなんて、何かあるのかなと思って聞いたのに。静加だったら、何か分かるかなぁと思ったのに。
すっかり他力本願であるが、釈然としない面持ちで実菜が静加をじっとりと見つめていると、静加がわざとらしくため息を吐いた。
「あのね……今までのあなたを見て来たから言うけど。
実菜は自分で気付かないといけない人なの。教えてあげたとしても違う解釈で捉えちゃうのよ。
……だから、自分で気付いて頂戴!」
やっぱり、静加は何か知ってるんだ。
でも、それはつまり違う解釈をしなければいいという事じゃないの?
ヒントだけでも……と、口を開きかけた実菜の横から人影が割り込んだ。
「ミナさん、シズカ、おはよう。ちょっといいかい?」
リュートだった。笑顔で挨拶すると、リュートは手に持っていた小さい袋を二人のテーブルの上に置いた。
良かった。いつも通りのリュートだわ。でも、一応謝っておかないとね。
「リュート、昨日はごめんなさいね。慰めてくれてたと気付かないで、私……」
「……どこで、そう思ったんです?」
「違うの?」
「あの……大丈夫です。忘れて下さい」
「昨日、何かあったの?」
「シズカは入って来なくて大丈夫です!」
目の下を赤くさせたリュートに静加が「へぇ~っ」と、嫌らしい笑みを浮かべた。
「それよりも!!これを……」と、リュートが誤魔化すように袋を開けると、中からは小瓶が三つ出てきた。
「何これ」
「ローズウォーターです。ユウリンが何かお礼がしたいと言って、屋敷に咲いているバラから作りました。昨日、出来上がったので……このまま飲む事も出来るそうです」
「へーっ!凄ーい!ありがとう。でも、何で三つ?リュートの分?」
ローズウォーター!!口臭が良い香りになるとかいって日本でも一時期、流行ってたわよね。
私は試した事がなかったから、楽しみだわ!!
「違いますよ。もう一つはメイメイさんの分です。渡しておいて貰えますか?」
「「……へっ?!」」
実菜と静加は互いに目を見合わせた。
「あれ?メイメイ……ではなかったでしたっけ?あのお婆さん。俺が寝てた間に帰られてたので、お礼も言えませんでしたが」
「そ……だけど、リュート……覚えてたの?」
「恥ずかしい話、昨日まで忘れてたのですよ」
昨日、王宮の廊下で遭遇した衛兵の目を見たら思い出したのだという。おかしな事もあるものだと思ったが、そのメイメイと屋敷でどんな話をしたかまでは覚えていないらしい。
「忘れていた方が良かったですか?」
意味深な笑みを浮かべるリュートに、実際のところどこまで覚えているのかしらと、実菜が静加に目配せする。
その辺の事をつっこまないところをみると、もしかしたら全て思い出しているのかもしれないという疑念は残る。リュートならば、空気を読む事も考えられた。
ここは、話した方がいいのかしら。そもそも、内緒にする理由もない気がするし。
でも、魔物もいなくなったこの国に、メイメイみたいな存在はどう映るんだろう。
実菜がごちゃごちゃと迷っていると、リュートの方が話しを変えた。
「あ、それと、シズカが知らない婦人が訪ねて来たら……と、言っていたじゃないですか。本当に知らない婦人が三人、人目を忍ぶようにして訪ねて来たのでシズカを紹介しようとしていたのですが……」
言いにくそうな、何ともいえない表情でリュートは話し出したが「うーん」と、唸ると口籠った。
「ですが……何よ?はっきりと言いなさいよ」
「結論を言うと、紹介しなくてもよくなった。という事です。念の為に伝えておこうと思いまして」
「……じゃ、途中経過を言って」
リュートは「ですよね〜、でも話が長くなりますよ」と、苦笑した。
「三人のご婦人が訪ねて来た理由は、ユウリンが行っている体操はどういうものか知りたいというものでしたが、その数日後にその内の一人が再びいらして、この話はもういいと言われたのです」
「ふーん。多分そう言って来るだろうなとは思っていたけど、何で、もういいんだろ」
静加がユウリンに教えた呼吸法は体調を整えるものだが、傍から見れば体操に見えなくもない。
静加はそれを毎日するようにユウリンに言っておいたのだ。この分では彼女は言いつけ通り毎日していたのだろう。
「断りにいらしたルイーザという婦人によると、カサブランカ家当主の失脚が関係しているという事です……」
「何かあったのっ?!」
静加が瞳を輝かせ、食い気味に身を乗り出す。野次馬根性丸出しの静加に引いたのか、リュートは目を瞬かせながら頷いた。
「ええ……カサブランカ家当主は飲食店を経営する実業家だったのですが、その内の一店舗において闇オークションを開催していた事が発覚しまして、先日逮捕されたのです」
カサブランカ家当主、キンバリー·カサブランカは幾つもある高級料理店の一つに広い地下室を作り、そこに上位貴族などを招いてオークションを開催していた。
そこで提供される商品は普通の芸術品などでは無く、輸入が禁止されている動物や、魔法で動物と人間を融合させた獣だという。
俗に言うキメラだが、意図的に作る事自体が犯罪とされている。
オークションの開催日を入手した王宮騎士団により、その場にいたキンバリーを始めとする従業員たちはもちろん、数名の貴族が逮捕され、全ての店舗が営業停止、閉店となったのだという。
「マッドサイエンティストってやつね……魔法も良い方向に使えば良い魔導師になれただろうに。
でも、よくそんな情報が手に入ったわね」
極稀に平民の中にも魔力量の多い者が生まれたりする。けれど、それが極貧の平民……スラム街などで生まれてしまうと、結果放置される事になるのだ。
上手く行けば貴族に拾ってもらえることもあるが、その力を金儲けの為に悪用されたりもする。
リュートはバツが悪そうに苦笑した。
「なんでも、キンバリーに理不尽に解雇された元従業員の密告があったとか。
家にいらしたご婦人たちの夫は、キンバリーの下で働いていたらしいですが、その店舗とは別の店舗を任されていたので逮捕は免れたそうです」
怪しげなオークションの噂はあったが、いつ、どこでという情報は掴めずにいたのだとか。
「理不尽に、ね……似たもの夫婦ってやつか、因果応報ね」
にまにまとしている静加に、リュートは再び苦笑した。
「ルイーザさんも、相当に思うところがあったのでしょうね。結構な時間、カサブランカ夫人の事を愚痴って帰られましたよ」
静加は「そうだろう、そうだろう」と、頷いている。
「なるほど。亭主が無職になってそれどころではない。という事か」
閉店した飲食店を再開するにしても、以前の関係者では許可は下りないだろう。
他の仕事をしようにも信用はない。庶民向けの職場であればいくらでもあるが、今まで上位の者の中にいた人間に取っては水が合わなすぎて上手くはいかないだろう。
彼女らはこれからの生活をどうするかを考えなければならなかった。
「プライドってやつは、人間を生きにくくさせるわねぇ」
静加はにまにましながらそう言うと、ローズウォーターの入った小瓶を手に取った。
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