慶事はつづいたりするよね
実菜と静加はサンドウィッチを頬張っていた。
それも、カフェとかではなく、馬車に揺られながら。静加などは操縦しながらである。
お行儀が悪いのは重々承知の上であるが、それもこれも、リュートの屋敷を出たのがお昼を大幅に過ぎ、静加が「お腹が空いた」と騒いだからで。市井に入った所で良い匂いに誘われたからで。
つまり、買い食いである。
そんなこんなで、今は病院に向かって馬車は走っていた。
「ご近所さんに何も言われないと良いわね」
「臭いおばさんの事?何か言える状態じゃなくなるかもね」
「どういう意味?」
二人とも、もぐもぐとしながら器用に会話する。
カサブランカ夫人は静加の中で「臭いおばさん」として定着してしまったようだ。
「ユウリンに向けられた悪意はそれを向けた本人に返したでしょう?でも、引き籠もっていたユウリンが、悪意を向けられる機会がどれだけあったと思う?」
「え、でも、それらしきものがどこかへ飛んでいくのは見たわよ?」
黒い靄からは黒い筋状の物が幾つも飛び出していたのだ。それが静加の言う、悪意なるものだと勝手に実菜は思っていた。
「じゃから、それらは全部、一人へ戻って行ったという事じゃ」
二人の会話にナップサックから加わったものがいた。犬メイメイだ。
犬メイメイはナップサックからぴょこんと頭だけを突き出した。
「あ、メイメイ!いつの間にそこに入っていたのよ」
リュートが目を覚ましたあと、気が付いたら居なくなっていたのだが、またどこかに隠れたのだろうと特に心配はしていなかった。
「ふん。私の勝手じゃ!」
ふんふんと鼻を鳴らすとメイメイはぷいっと横を向き、ズボッとナップサックに戻って行った。メイメイの分のサンドウィッチが無い事に拗ねたのかもしれない。
「はは。実菜は見てなかったのよね。それらが飛んで行った先を。
アレね、全部あのおばさんに向かって行ったわ。随分な量だったから、ただじゃ済まないわよ」
静加は「いししっ」と、嫌らしい笑みを浮かべ膝に落ちたパンのカスを払った。
「ただじゃ済まない?」
「ああいうのは倍返しって、相場が決まってるでしょ?」
呪い返しが倍返しというのは、何となく聞いた事があるが悪意なるものもそうなのだろうか。
「本当なら、悪意も癒した状態で返してやるのがベストなんだけど、あのおばさんの事は嫌いだからどうなっても良いやって、感じ?」
市井を抜け、人通りが無くなった所で静加は馬車のスピードを上げた。
「私も、人間が出来てないって事よね〜……まだまだ半人前だわ〜」
スピードが上がった事で、風は受けるわ馬車はガタゴトうるさいわで、静加の言葉は実菜に届いてはいなかった。
*****
病院に到着すると、病院の会議室で患者のカルテを見せて貰いながら、静加と医師らが話し合っている。いつもの光景だった。
しかし、今日はいつもと違い、外が騒がしい感じがする。
実菜も一応、話し合いに参加しているていではあるが、実際は何が話し合われているかはちんぷんかんぷんであった。
よって、外が気になり、そわそわしていた。
「ああ、そうそう。例の件、着工しましたよ。帰りに見て行かれたらどうです?」
実菜が上の空な事はバレバレのようで、会議終わりに院長が見学を勧めてくる。
……例の件?
「思ったより早かったですね」
実菜には心当たりがなかったが、静加は承知していたようだ。
これは、あれか。また、私には内緒のやつか。
いつもの事になってしまっているが、実菜は疎外感を拭えない。
「前に会議した時に出た話よ?まだ、全然現実的じゃなかったから、時間はかかるかなぁと思ってたけど」
外に出る時にその事を漏らすと、静加からはそう返ってきた。
「いつも傍観してるから話が入って来ないのよ」
ゔ……自分の所為だった。
呆れ顔の静加に「何の話だっけ?」とは聞けず、静加の後をすごすごとついて行く。
騒がしいのは病院の裏手の方だった。二人が裏手に回った所で騒がしさが増す。
裏手は広大な森の状態であったのだが、そこが切り開かれ広場の様になっており、相当伐採したのだろう、丸太が山積みに置かれていた。
「よーし!休憩!」
そう声が掛かると、頭に布を巻いた体格の良い木こりさん?たちが数人、わらわらと各々の休憩を取りに散って行く。
「これは、これは聖女様。遅いお着きで」
不意に背後から冗談混じりの口調で声を掛けられ、二人は振り返った。
そこには、スラっとしたスーツ姿で、髪をオールバックに流した青年と、その隣にはレモンイエローのタイトなドレスの女性が青年に寄り添うように立っていた。女性は青年より、いくらか若そうである。
……誰??見た事あるような気もするけど?
脳みそフル回転で思い出そうとするが、出て来ない。
「……どちら様でしたっけ?」
思わず心の声を漏らすと、青年が目を丸くした。
「ご冗談でしょ?!忘れます?普通」
「あなた……もしかしたら、忘れたのではなくて、分からないのかもしれませんわ。
わたくしたち、相当の変わりようだと思いますもの」
女性がこそっと青年に耳打ちすると、静加が「ぽんっ」と、手を打った。
「デイビッドと、アリスね!!」
デイビッド……?アリス……?
実菜は驚愕し、失礼承知で二度見でガン見した。
「えぇえーっ!!!嘘でしょう?変わり過ぎ……じゃない?」
デイビッドは以前、領地で会った時にしっかりしてきた雰囲気は確かにあった。
だけど、アリスは……。
目の前のアリスは、髪をハーフアップに結い上げ、明るいレモンイエローのドレスに身を包み、若々しく見えながらも、知的な雰囲気さえ醸し出していた。
全く、馬鹿っぽさが無いんですけど……。
「聖女様、心の声がただ漏れですよ」
二人は顔を見合わせると、苦い顔をした。
「一体、あなた達に何があったの?」
良い方向に変わったのだ。何も悪い事はない。ないのだが、ただ不思議に思っただけだ。
それに、自然に寄り添う二人。その雰囲気はまるで……。
「……何って」
「……あなたから話して下さらない?」
照れたように再び顔を見合わせる二人。何となく周りの空気に甘さが広がる。
うん。何となく関係は分かったわよ。
「俺たち結婚する事になったんだ」
でしょうね!!
「それは、おめでとう……で、何でこんな所へ?」
わざわざ聖女に結婚の報告をする為に来たのではないのだろう。実菜は頭をハンマーで殴られた様な衝撃を受けながらも必死で持ち堪えた。
「ああ、順を追って説明すると、俺は事業がしたいってサイモン伯爵に願い出たんだ。
そしたら、この場所に訓練校を建てるから、その経営をしないかと打診されてね。
婿入りする条件で、伯爵が出資してくれると言ってくれたから、それを呑んだんだ」
病院の裏手のこの場所に、病院で働く為の勉強をする学校と、その学生と職員の為の宿舎を建てているのだという。
実菜は当然知っているはずの内容であったが、初めて聞く内容であった。
「婿入り?でも、伯爵には……」
息子さんがいたけどお亡くなりになったのではなかったかしら?
「伯爵はわたくしを養女にして下さったの」
アリスが照れたように俯きながら口を挟んだ。
「思いの外、早く養子申請が下りてね……こいつ、伯爵令嬢になる為に凄い頑張って勉強してたんだぜ?」
そう言ってアリスの肩を抱き寄せるデイビッドの姿を見るに、その頑張る姿に落とされたという事だろうか。
「陛下は……何て?」
そもそも、二人は罪人扱いだったはずだ。「思いの外、早く申請が下りた」と、感じるのもその自覚があっての事だと思うのだが。
「サイモン伯爵はずっと、父上……陛下に進言してくれてたみたいなんだ。恩赦を頂けないかと」
そう話すデイビッドは、アリスを優しそうに見つめた。
「最後は、何かあれば全てサイモン伯爵が責任を取るという事で許可が下りたんだ。
アリスが養女になる事も……俺の婿入りも」
「……そうなんだ」
「聖女様」
アリスが一歩前に進み出て実菜を真っ直ぐ見つめた。
「今までの無礼な振る舞い。どうか、お許し下さいませ。
あの時……デイビッドの隣にわたくしの居場所は無いと言われて気付きましたの。
……彼の隣にいる為の努力を、何もして来なかったという事に」
ん?そんな事を言ったっけ?私?
……それ、静加じゃないかしら。
「その努力の場を与えて下さったのは伯爵ですけれども、そうするように伯爵に助言して下さったと聞き及んでおりますわ」
えっと……そんな助言したかしら?私?
……それも、静加じゃないかしら。
身に覚えのない事で感謝され、居た堪れない思いで静加を見遣ると笑顔で頷いている。特に問題はないらしい。
しかし、実菜は新たな疎外感を覚えていた。
デイビッドを領地に送ったのは実菜である。それは間違いないはずだ。しかし、その実菜には何の相談もなく事が進んでいた。
「……教えてくれても良いのに」
実菜が呟くと、デイビッドが気不味そうに頭を掻いた。
「あー……、やはり、知らなかったのですね。てっきり、ご存知かと……でも、そうか。なるほど」
「何よ、なるほどって?」
「伯爵からはまだ決定ではないから他言無用と言われていたので……でもまさか聖女様にも言っていないとは思っていなくて……だから、あの……俺が話してしまった事は、どうかご内密に」
工事が始まるので様子を見に来たところで病院長に「今日、聖女様の訪問がある」と聞き、挨拶する為にわざわざ待っていたのだという。
デイビッドが実菜に向かって「御免」のポーズを取って片目を瞑った。つまり、陛下からこの話を聞いた時は知らないていでいてくれと、そういう事だ。
「もう結婚したんじゃないの?」
「正式にはまだです。領地ではそのように過ごしていますし、仕事もしています。
ですが、決定ではないと言われてましたし、それにケジメと言いますか…兄上の婚姻の儀が終わってからと思ってまして」
はっ!!そうだった。リリー様も結婚が決まっているのだったわ!!
「それにしても……私が反対するとでも思ったのかしら」
「違うでしょ。それが王様の面倒なところなんじゃないの?」
「面倒なところ?」
「王様の体裁を取り繕える適当な言い訳を考えてから通達したかったんじゃないの?」
簡単に許したら身内には甘いと言われてしまうという事か。
「じゃ、何て言ってくるかしら?」
「伯爵にゴリ押しされた……とか?」
「……全然、取り繕えてないじゃない」
静加は爆笑しているが、それでは寧ろ情けない王様になってしまう。レイン様とリリー様の慶事に免じての恩赦だろう。多分。
しかし、後に陛下からは……流石に「ゴリ押し」とは違う表現だったが……呼び出され、同じ内容のお達しがあった。
それを聞いた静加は大爆笑していた。
お読み頂き有難う御座いました。




