静加の元気教室
視点が戻ります。ご了承下さい。
そして再び時を遡り、ウォン家の応接室。
静加はナップサックをごそごそとすると「ほい」と、実菜の前に丸っこくて茶色っぽい石を置いた。よく見ると黄色や茶色、金色の縦縞が入っている。
「何、これ?」
「石よ。逆に何に見えるって言うのよ」
そんな事は実菜にだって分かっている。今までの話の流れからして、その石に浄化の力を込めろという事なのだろう。
確か、以前リリー様の指輪には「邪気と瘴気を払う」とか、そんな力を込めたのだったか。実菜はその時の事を思い返していた。
「ほぅ……よく見つけたのぉ。これはかなり小さい物じゃが……私がリンリーに授けたのは、これと同じ石じゃよ」
メイメイはその石を摘み上げた。
先程のメイメイの石の表現が正しいとするならば、リンリーに授けたという石は、この石の十倍位はあると思われた。
「して……この大きさでは大した力は無いと思うがの?」
「それは、ほら……聖女様がいらっしゃるから」
またしても、メイメイと静加がにやにやとしながら実菜を見つめた。
リュートは話を切り出すタイミングを図っているかのようにもじもじと落ち着き無く、ふよふよと目を泳がせていた。
ユウリンは、話の流れはよく分からないが、聖女である実菜が何かしらをするらしい、という「はらはら、どきどき、わくわく」が入り混じった複雑な表情でこの場を見守っていた。
静加がメイメイの手から石を取ると「じゃ、よろしく」と、実菜の手の平にその石を乗せたのだが、実菜は石を再びテーブルの上に置く。
不思議そうな顔で実菜を見つめた静加を、実菜もまた見つめ返した。
「そんな事をしなくても、この場で祓ってしまえば良くない?」
「うん。まぁ、それはそうなんだけどね。悪いものが寄って来やすい体質なのかもしれないじゃない?」
実菜は、この黒い靄が無くなればそれで終わりと思っていたが、その後の御守りの為の付与かと思い直した。
「なるほどね」
「だから、ユウリンの浄化と石の付与、両方お願いね」
「………」
別にそれをするのは、実菜的には全く問題はないのだが、静加の、小首を傾げて「てへっ」とした仕草に何となくイラッとして、静加の頬に拳を当ててぐりぐりとやってみた。
「ちょっ、何よ、急に暴力?!」
「別に痛くないでしょう。何となくやってみたくなったのよ」
「何となくって、何なのよ?!気違いなのっ?!」
このままでは暫く二人がじゃれ合ってしまう。と、思ったかどうかは分からないが、リュートが思い切った様子で「あのっ!!」と、声を上げた。皆の視線がリュートへと移る。隣に座るユウリンも何事かと兄を見上げていた。
「浄化をして頂くのは、物凄く有難い話ですが……その、今は都合が悪いというか……何というか……ですね」
「……何を躊躇うことがあるのよ。実菜に浄化してもらえば、もう変なまじないやら魔法やらに手を出そうなんて考えなくて済むのよ?」
ユウリンの不調が呪い返しの所為であるとは言い切れないが、その可能性はかなり高い。
思い切って声を上げた割には歯切れの悪いリュートに静加が詰め寄ると、眉尻を下げたリュートが静加を見遣った。
「やはりそこまで気付かれていましたか。それはそうと君たち、家に来る前に……その……家の前で、誰かと話していたでしょう?」
リュートは窓から実菜と静加が来たのを見ていたのだという。だったら出て来てくれれば良かったのに、と実菜は思うのだったが、今はその追求をする雰囲気ではなかった。
「ああ、あの臭いおばさんの事?」
「くさ……?」
「香水一瓶飲んじゃったのかっていうくらい、香水臭かったじゃない。あのおばさん」
静加の表現に実菜は一瞬戸惑ったが、思い返してみれば確かに香水の香りがやたら強いマダムだった。
「……それ、絶対に本人の耳に入る場所で言わないで下さいね?」
苦い顔でリュートは静加を窘めたが、隣のユウリンはころころとおかしそうに笑い声を上げていた。
「香水臭いって事?」
「……いや、あと……おばさんて呼び方です」
どちらかというと、後者の方が聞かれては不味い気がする。
静加だって「お婆さん」て言われたら怒るくせに。
実菜がじっとりとした視線を静加に向けると、自覚して言っていたのかふいっと視線を逸らすと口を尖らせた。
「あの女性と話してたのが私の浄化と何か関係しているの?」
「ええ、まあ……あの女性はカミラ·カサブランカという方で、向かいの屋敷に住んでいるのですが……」
「とっても嫌な人なの!!」
それまで黙って成り行きを見守っていたユウリンが口を挟んだ。
「私が庭を散歩してると、わざわざ嫌味を言いに来たりするのよ?!」
前のめりで頬を膨らませているユウリンは可愛いが、相当嫌なのだろう事は十分伝わった。
リュートは苦笑いしながら、宥めるようにユウリンの肩を優しく抑える。
「そんな訳で、何故だが俺たちは彼女の目の敵にされていましてね……まぁ、周囲の人の話では彼女の人間性には多少の問題があるようですが。
情報通の彼女であれば、ミナさんが聖女であると気付いているでしょうし……」
「なるほどねー。ユウリンが急に元気になったりしたら、聖女の力を個人的に使ったと思われて、また嫌味を言われるかもって事ね」
「嫌味で終われば良いんですけどね。彼女は王宮の人間にも顔が利く方なので……」
つまりは、リュートは自身が職を追われるのではないかと、そう心配しているという事だ。
「面倒臭い人ね。別に実菜の力を実菜がどう使ったって良いじゃないの……でも、そんなに嫌われているなんて、何がきっかけよ?」
静加は腕組みをして鼻から息を吐いた。
嫌われるにしても好かれるにしても、何かしらのきっかけは必ずあるはずである。
しかし、リュートには心当たりがないのか、困り顔で嘆息している。
「さぁ……ああ、そういえば。子供の頃母親に聞いたのですが……母親は花が好きで色んな種類の花を植えていたらしのです……それを止めてくれと言われた事があったみたいですね。その辺りからあまり関係は良くないです」
「花を?」
「えぇ、それで母親は仕方なくバラだけ植えるようにしたのです。何も無いと、殺風景ですし……もとより母親は花が好きでしたから」
確かに今は屋敷の柵と入口のアーチを飾るように蔓バラが咲いているだけになっていた。
「理由は?」
「カサブランカ夫人には自分が花が嫌いだからだと……そう言われたらしいです」
自分の趣味を人に押し付けるなんて……これが俗に言う『近隣トラブル』というやつね。怖いわ。
実菜は「気を付けよう」と、一人うんうんと頷いた。
「それを言いに来た時、カサブランカ夫人は風邪を引いていたらしくて、鼻が真っ赤になっていてそれをハンカチで押さえながらだったので、わざわざ体調が悪い時に文句を言いに来なくてもいいのにと、母親は思ったらしいです」
話しながら当時を思い出したのか、リュートは話に補足した。しかし、静加は「ふーん?」と、曖昧な相槌を打ちながら窓に近付くと、外の景色を眺め始めた。
窓からは向かいの庭園の様子が柵の隙間からちらちらと見えている。
こちらから見えるという事は、向こうからも見えている可能性は高い。
「カサブランカ夫人は……鼻炎なのかしらねぇ。もしかしたら花の花粉アレルギーとか……」
顎に手を当て、外を見ていた静加がぽつりと呟いた。
「え、花の花粉でもアレルギーってあるの?」
花粉症といえば、スギやヒノキだけだと思っていたが。しかし、そもそもこの世界に来てから花粉症の人間を見ていない。
ピンときていないのか、小首を傾げているリュートを見ると、やはりこの世界には『花粉症』という病名は無いらしい。
「知らないわよ。可能性の話だもの。そうだったのかもしれないし……只の風邪だったのかもしれないし。
でも、そうだとすれば……鼻が詰まっていて匂いに鈍感になっていると考えたら……自分が臭い事にも気付けないというのは納得が行くのよね」
うーん。確かに花粉症って辛そうだものね。文句を言いたくなってしまったのかしら。
実菜自身は花粉症ではないが、かつて両鼻にティッシュを詰めてボーッとしている人を見た事があった。疲れ切って何もしたくなくなってしまうのだという。怖ろしい病気だと、実菜にとってはそういう認識であった。
「でも、自分が辛いからといって、人にあたるのは違うわよね」
「……じゃあ、カサブランカ夫人は病気?なのですか」
「病気というか、アレルギーかもって事よ」
「……嫌な人なのに」
静加とリュートの会話を聞きながらユウリンが再び頬を膨らませた。
ユウリンは体調が悪い時は動く事もままならない。しかし、カサブランカ夫人は体調が悪くても動ける。しかも嫌な人。
ユウリンはまだ理不尽を飲み込める年齢ではないのだろう。納得行かない表情を隠そうとはしなかった。
「ユウリン……嫌いな人間にほど普通に……親切に接してあげるものよ?」
静加に頭を撫でられ、ユウリンはその真っ白い頬を微かに紅くした。
「でも……でも!媚びるなんて嫌だわ」
「媚びるのと、親切は全く違うでしょ……って、いうか、あなた本当に体温が低いわね」
静加は頭を撫でていた手をユウリンの頬に当てた。
ユウリンの身体は芯から冷えているようで、静加が当てている手の平から熱を奪うように逆に静加の手の平が冷たくなっていく。
「こりゃ、不味い。よく生きていたわね……リュートが思いつめるのも分からなくはないわ」
静加は不謹慎な事を言うと、実菜の方を見遣った。その顔は何かを企んでいる様で、実菜は嫌な予感しかしなかった。
「実菜、良い事を考えたわ!!」
「……それって、無茶ブリじゃ無いわよね」
「簡単よ。呪い返しを、それを放った相手に戻してあげるの」
「やっぱり無茶ブリじゃなーいっ!!意味分かんない事、言ってるぅーっ!!」
再び実菜の絶叫が応接室に響き渡った。
子々孫々受け継がれて来たものは返す相手が既にこの世にはいないだろうから浄化し、ユウリン自身が受けた悪意はそれを放った本人に返すのだと、静加が実菜に説明したのだが、実菜はげんなりした。
「黒い靄を全部浄化すれば良いんじゃないの?靄を分けろって事?それに悪意って何よ、呪いじゃないの?そもそも、そんな器用な事出来ないわよ」
「ごちゃごちゃうるさいわね。出来るわよ。あれは集合体だもの。とにかく実菜なら、そう意識するだけで出来ちゃうから問題は無し!!」
いつもの如く実菜の訴えは却下され、静加に押し切られる形でユウリンの前に押し出された。
が、リュートが慌ててユウリンの前にその半身を乗り出す。
「いや、ですから……今、俺が説明しましたよね?!今日この場でされると……」
「まあ、まあ、まあ。落ち着きなさいって、旦那。なぁに、悪いようにはしやせんから。任せといて下さいよ」
焦るリュートを静加が宥めて元の位置に押し戻した。何故、悪玉の子分の様な口調なのかは謎である。
しかし、一度こうなった静加は誰にも止められないのである。実菜とリュートは溜め息を漏らした。
「……どうなっても知らないんだから」
実菜は半ばやけくそな気持ちで、ユウリンを前に浄化のポーズを取る。
幾つもの呪い返しの集合体だと聞いていたが、それを分別するなど出来っこないと思っていた実菜だったが、いつもの様に光りで黒い靄を包んだ時、試しに「帰れ」と、念じてみると不思議な事に靄の塊から幾筋かの煙の様な物が抜け出て行ったのである。
静加が言っていたのは、コレの事かしら……では、残った靄は普通に浄化すれば良い?
後は簡単だった。いつも通り浄化の光りで靄を消すと光りも消えた。
「ね、簡単だったでしょ?最初から出来ないなんて決め付けるもんじゃないわ」
静加が気安く実菜の肩を叩く。悔しいが静加の言う通りだ。実菜は「むぅ」と、口を尖らせた。
「……で、気分はどうかしら?」
初めて見る浄化の光りに、ぽかんと口を開けて未だ放心状態のユウリンに静加が声を掛けると、ユウリンが静加に焦点を合わせた。
「身体が軽いです……それに視界が広くて明るい」
静加は満足そうに頷くと、手の平をユウリンの頬に当てた。
「うん。でも、まだ循環は良くないわね。循環を阻害するものは実菜が祓ってくれたから自然と良くなるとは思うけど……」
確かに黒い靄が消えたとはいえ、未だユウリンの顔色は死人のようであった。
静加は再び窓から外の様子を窺うと、ユウリンを振り返った。
「これから、外で体調を整える体操を教えてあげるわ」
「えっ……外で?」
「うん。外の方が広いし、天気が良いからね」
応接室でも十分広いが、確かに今日の天気であれば外の方が気持ちが良さそうである。それにユウリンにとっては久しぶりの外の空気であり、断わる理由は無かった。
お読み頂き有難う御座いました。




