末裔になると継承されてない事ってあるよね
「何で、そんな物がこの中に入っているのよっ?!」
ソフィアの頭蓋骨が入っているという植木鉢を前に実菜は震えていた。
「ふぉっふぉっ。何でと言われても……そういうまじないじゃからのぅ」
「肉体を使うとまた化け物になるかもしれないから骨にしてみたって事ね……でも、骨からは肉体までは作り出せなかった」
頭蓋骨を前に笑う狐と、冷静に分析し「ふんふん」と、頷きながら禁書をぺらぺらと捲る静加。
「……あなた達、何で普通なのよ」
実菜は半ば呆れてため息混じりに呟くと、暗い顔で俯くリュートが目に入った。
そういえば、何でリュートがこれをミハイルに盗ませたのかは謎のままなのよね。
「あー……でもこれ……中途半端な感じよね。結局、完成されてないようだし……最後の仕上げが『祈る』ってどうなのよって感じ?」
静加が最後のページの文字を追いながら頭をぽりぽりと掻いているので、実菜が「どれどれ?」と、そのページを覗き込んだ。
「えーと……己の血液を注ぎ……器を満たし?!……その者を想い祈る??……さすればその者、姿を現さん」
実菜は、さっと植木鉢を凝視した。大き過ぎるわけでは無いが、決して小さくはない。
えっ、これにミハイルは自分の血を入れたって事?!しかも満たすって事は凄くいっぱいって事よね?!
「ふぉっふぉっ。想い祈るとは、あの男にうってつけなまじないじゃったというわけじゃのぅ」
確かにミハイルの執着と思い込みを持ってすれば、想い祈るなどは動作もない事かもしれない。
いや、そうかもしれないけど。必要な血も致死量ではないのかもしれないけど……。
血の気が引く思いの実菜を余所にメイメイは笑っていた。
「じゃが、その想いが少しでも逸れれば消える……泡沫のようなまじないじゃ。このまじないを考えた者には一目でも会いたいと想う相手がおったのかものぅ……引き戻される者がどう思うかはさて置きじゃがな」
メイメイは仏頂面をしている静加を見た。
「……つまり、これはこれで完成しているという事が言いたいの?」
「人間のやる事は、よう分からん」
静加は納得していないようであったが、腕組みをするとそのままの表情でリュートへと向き直った。
「あなたもこの禁書の内容がどういうものか把握してなかったからミハイルに試すように仕向けたんでしょ?」
俯いていたリュートは静加に声を掛けられ、ゆっくりと顔を上げると力なく笑った。
「やはりバレてましたか……そうですよ。最初は本当に病気の彼女に気を病んでいると思っていたので……あの魔導具をビスクドールにしたのも彼女の代わりになればと思ったからで……」
リュートはそこで一旦言葉を切ると禁書を見つめた。
「でも、これを試す絶好の機会ではないかと気付いて……姿を現さんというのがどういうことなのか確認したくて……それとなく我が家に伝わる魔導書がある事をミハイルに話し……」
「これみよがしに置いておいたのね」
静加がリュートの言葉尻をとらえ、リュートは頷いた。
「ねぇ、リュート。何でそんな事をしたの?このまじない……ちょっと怖ろしいじゃない」
実菜は素直に疑問を口にしただけだったのだが、リュートからは気不味そうな表情を返され、静加からはジト目を向けられた。メイメイは笑っていたが、状況が分かっているのかは不明であった。
「実菜……あなたって、そういう人よね」
「いや、俺の欲が深いだけで……ミナさんが悪いわけでは……」
「そうじゃ!人間は欲深い生き物じゃ!!」
実菜を置いて話は進んで行くが、メイメイが叫んだところで部屋の扉がノックされた。
「……お兄ちゃん?何か……断末魔の叫びみたいな声がしたけど……あっ!ごめんなさい。お客様ね」
皆が扉に注目すると、部屋着の白いワンピースに茶色いストールを肩に掛けた少女が遠慮がちに顔を覗かせていた。
「ああ、ユウリン。悪い。起こしてしまったね」
ユウリンと呼ばれたこの少女は如何にも病弱といった青白い顔をしていた。彼女がリュートの妹なのだろう。そして彼女の言う断末魔の叫びとは実菜の叫び声の事である。実菜は恐縮していた。
「ううん。今日は少し調子が良いと思うわ」
兄であるリュートにそう返すと、ちょこっと膝を折り可愛らしく挨拶して退室しようとした。そんなユウリンを引き留めたのは静加である。
「ねぇ、待って。私はあなたのお兄さんの同僚で静加。こっちは聖女の実菜。……んで、こっちは……老婆?」
「何で、疑問形じゃっ?!しかも、老婆とはなんじゃ!!」
静加がメイメイの紹介に困って言い淀むと、その言葉に被せるようにメイメイがツッコミを入れた。それが面白かったのか、ユウリンがころころと笑い声を上げたが、直ぐに咳き込み過呼吸の様になってしまいリュートが背中を擦りながらソファに座らせた。
実菜は恐縮していたが、先程から気になる事があり寒気が止まらずにいた。
「静加……私、おかしいのかしら?」
「うん。実菜はずっとおかしいよ。今更どうしたの」
実菜は「むっ」と口を尖らせ静加を睨んだ。
「あはは、冗談よ。あれでしょ?ユウリンの周りの瘴気みたいなやつ」
やはり静加にも見えていたのか。実菜は口元を緩めた。
そう、リュートには見えていないようだが、ユウリンの周りには彼女に付き纏う様に黒い靄がかかっていた。その光景は異様で、それが実菜に恐怖を感じさせていたのだ。
「……何、二人とも。ユウリンがどうかしたのですか?」
瘴気という言葉に反応したのか、リュートが不安そうに二人を振り返ったがそんなリュートにメイメイが声を掛けた。
「……時に、そこな男。この家に石は無かったのかぇ?」
唐突な質問にリュートは一瞬きょとんとしたが、記憶を辿るように目を細めると「石?」と、呟きながら天井を見つめた。
「こん位の……茶色っぽくて……ほれ、縞模様の石じゃよ!」
メイメイがリュートを急かすように身振り手振りで石を説明している。それによれば、石は手の平を広げた位の大きさらしいのだが。
「うーん……あったような、無かったような……あっ!!ありました!」
記憶を辿り首を捻っていたリュートであったが、思い出したらしく、ぽんっと手を叩いた。
「それは、何処にあるんじゃっ?!」
「砕けました……なので……その……砕けた場所に置いたまま……です」
つまりは「捨てた」という事なのだが、メイメイの焦った様子にリュートは申し訳なさそうにもごもごと答えると、メイメイとしては珍しく、しゅんと肩を落とした。
「そうか、砕けたか……どうりで」
「あの石が……何か?」
元々が小さな身体のメイメイがしゅんとしていると、気の毒な程小さく見えた。リュートはしゃがみ込む様にしてメイメイを覗き込むと、ユウリンにしてやったようにメイメイの背中を擦った。
「あの石は……私がリンリーにやった物じゃ」
メイメイは小さく息を吐くと元のメイメイに戻った。
「……そうだったのですか」
自分が贈った物が捨てられていたら、それは確かにショックだろう。リュートはそう理解した。
「まじないは……呪いじゃ。お前さんの一族は昔々、ずっとそれを生業としていた……知っておったか?」
メイメイはリュートを見上げた。唐突な問いであったが、リュートはメイメイの問いに頷く。
「話には聞いていました。詳しくは聞いていないですが……というより、両親もあまり詳細は知らないみたいでした」
「良いまじないも悪いまじないも……それを掛けた術者に跳ね返って来る事がある。呪い返しというやつじゃ。それだけでは無い。悪いまじないを掛けられた者の恨みの念というものもあるんじゃが……」
メイメイは、すっかり状態が落ち着いた様子のユウリンへと一度視線を向けると、再びリュートを見上げた。
「不思議とその呪い返しは一族の長へ集中して向けられとった。じゃから、長となる者はその身に受ける呪いを無効化する術を心得ていたんじゃが……先に話した王の気紛れにより、その代の長は次代にその術を引き継ぐ事が出来んかった」
「……何か、指南書の様な物は……?」
禁書なる物も存在するのであれば、基本の指南書があって然るべきである。
「ふぉっふぉっ。禁書以外に何か書が残されておったかのぅ?」
リュートは口を噤んだ。書庫の奥で禁書を見付けてから隅から隅まで探したが他にそれらしき書は一つも無かったのだ。
「無かったじゃろ?まじないは口伝じゃからのぅ。何故、禁書など残したのか……人間のする事は、よう分からん」
「それで……その呪い返しとやらは……?」
「ああ、そうじゃった、そうじゃった。本当にお前さんたち一族は不思議よのぉ……長の役目が自動的に次代に移るのじゃから」
リュートはメイメイが呪い返しの話をし始めた辺りから嫌な予感がしていた。何故なら妹のユウリンが体調を崩し始めたのが両親が亡くなってからの事だったからだ。初めは両親を亡くしたショックからだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
聞かれるまで忘れていたが、外に出掛ける時はいつも両親は、特に母親はあの石を持っていたのだ。事故を起こした時も、もちろん持って出ていた。
リュートは子供の頃、母親に何で石を持って行くのかと聞いた事があった。邪魔ではないのかと。あの時は「大きくなったら教えてあげる」と、言われたのだったと思い出した。
「リンリーは……自動的に長の役目を受け継いでしまってのぅ。今の……その娘の様になってしまったんじゃ。もっと酷かったがのぅ」
やはりか。しかし、何故ユウリンなんだ。長というならば、自分でもいいはずだ。
リュートは、辛い思いをしている妹を見ている事が辛かった。
「見るに見兼ねてのぉ……私が授けた石は呪いを跳ね返す力を持っている石じゃったんじゃ」
「……どうして、妹なのでしょうか」
リュートは言っても意味は無いと分かっていたが、思わず口にしていた。石はもう無い。ユウリンはこの先ずっと苦しい思いをしなければならないのか。
「……お兄ちゃん」
自分を心配する兄を、妹もまた心配していた。
「ふぉっふぉっ。妹が長に選ばれた事を妬んでおるのか?」
「んなっっ?!ち、違いますよ!!俺は……」
「ふぉっふぉっ。分かっておる。冗談じゃよ、冗談」
シリアスな雰囲気の兄妹とは裏腹に、メイメイはけらけらと笑い声を上げた。
「女じゃからじゃよ。お前さんたちの一族は代々、女が長として一族を率いていたんじゃ。じゃが……良く考えたら、お前さん運が良いではないか」
けらけらと笑うメイメイは実菜へ「のぅ」と、同意を求める様に視線を向けた。
「まぁ、その砕けた石と似たような石を作れる人間は居るわよね」
静加もメイメイと同じ様に実菜へ視線を向けた。
「……へ?!私っ?!」
「あのねぇ……あなたはもう少し、自分の能力を自覚した方が良いわ。何をいつも他人事で傍観しているのよ」
実菜は耳が痛かった。しかし、この世界に来るまで二十年以上の時間を凡人として生きて来たのである。急に聖女としての自覚を持てというのも無理な話であった。
一週間程、入院する事となりました。今まで以上に投稿する間隔が空くかもしれません……が、逆に早くなるかもです。そんな時は入院して暇なんだな、とご理解下さい。
お読み頂き有難う御座いました。




