ワンさんがウォンさんになった理由
戦に長け、強靭な身体を持つ若き王は死を恐れていた。いつか自身の身体が衰えた時、敵に討たれるのではないか、若しくは病に倒れるのではないかと。
死は、生けとし生けるもの全てに平等に訪れるものであるが、若き王はそれが己にも訪れる事が我慢ならなかった。永遠に若く強い支配者で在りたいと考えていたのだ。
王は考えた末、優秀なまじない師を呼び寄せ「衰える事の無い不死身の身体にしろ」と、無理難題を押し付けた。
「そのようなまじないは御座いません」と、丁重に進言したが、若き王は聞き入れない。故に、断わる事は己の死を意味し、まじない師は研究するしかなかった。
『敵を寄せ付けない』『一時的に身体を強くする』等のまじないはあったが、不老不死などない。途方に暮れたまじない師は、先ずは死人を生き返らせる研究を始めた。これが良くなかった。成功してしまったのだ。
いや、正確には決して成功と呼べるものではなかったが、死んだ者を再び動かす事が出来てしまった。
「茶をくれんかのぅ?」
ここまで語ったところでメイメイは茶を所望した。
リュートは何を言われたか一瞬分からず、一拍置いて「ああ」と、返事をすると立ち上がった。
「しかし……死んだ者が動き出したなら、それに関しては成功ではないのですか?」
先程、新しくお湯を足して来たピッチャーからティーポットへお湯を注ぎながら、リュートは腑に落ち無い様子で口にした。
「それはこれから話すところじゃが……本当に、お前さん達には何も伝えられていないのじゃのぅ」
メイメイの語るまじない師というのが、どうやらリュートのご先祖様らしいのだが、リュート自身、かつて秘密裏に亡命して来た一族だという事は知らされていたが、何故そんな事になったのかは詳しくは知らされていない。
リュートがメイメイの目の前のカップにお茶を淹れると、彼女は満足そうに一口すすった。
「……もしかしたら、伝える前に両親は亡くなってしまったのかもしれない」
リュートの両親は数年前に事故で亡くなっていた。親戚はいるらしいが、まじない師の直系で言えばリュートとその妹だけとなる。
目の前の老女は怪しい事この上ないが、それよりもウォン家の歴史が気になる。リュートは話を促す様にメイメイを見つめた。
「どこまで話したかのぅ?」
「……死体を生き返らせる事が出来たところまでです」
この婆さんは適当なお伽噺をしてるのでは?という考えがリュートの脳裏に浮かばなくはなかった。
「そうじゃった……じゃが、あれは生き返ったとは言えんな。意思を持たぬ肉体が動き出したという感じじゃった」
メイメイのまるで見て来たかのような物言いも気になるところだが、意思を持たないとはどういう事なのか、リュートは眉を顰めた。
「……アンデッドみたいなものでしょうか?あれも意思は持っていないはずですが」
この国では瘴気によって死体が魔物に変化する事があったが、それとは違うらしい。メイメイは首を振った。
「細かい生態についてはよう分からんが、恐らく違うじゃろうのぅ……その動き出した肉体は直ぐに食事を取り始めた」
「……食事」
メイメイはリュートに向かって頷いた。
「人間の生気じゃよ。まじない師は自身の生気を使って死体を動かす事に成功した。しかし、微量の生気では原動力としては足りなかったのじゃろうのぅ……一瞬じゃった」
メイメイは、ほぼ閉じている目蓋を微かに上げて遠い目をした。
「何が一瞬だったの?」
実菜の問いにメイメイの黒目が実菜へと移動する。メイメイの微かに上がった口角に実菜が寒気を感じて口を噤むと、メイメイはその実菜の様子に満足したように頷き、勿体ぶるように間を取った。
「……まじない師がミイラに変わるまでじゃ」
「あの……すみません。どういう意味ですか?」
ミイラというのが比喩なのか現実なのか、どうしてそうなったのか、メイメイの説明では意味が分からない。リュートだけでなく実菜も困惑していた。
メイメイはメイメイで、自分の発言に誰も驚かない事に不満そうであった。
「動き出した肉体は……あれは、化け物じゃな。一番近くにいたまじない師に飛び付くと、その首元にかぶり付いたのじゃ。その途端、まじない師はみるみるうちに萎んでいった……そして、生気を吸い尽くされたまじない師はカラカラになった状態で事切れたんじゃ」
実菜とリュートが今度こそ絶句すると、メイメイは満足した様子で頷き、お茶菓子を口に放り込んだ。
「それだけではないぞぇ。実験をしていたその部屋には他にも数人の人間がいたんじゃが、そやつらも次々に襲われミイラにされていったんじゃ」
メイメイは口をもぐもぐとさせながらそう言うと、お茶でお茶菓子を胃袋へと流し込み「ふぉっふぉっ」と、笑う。
「笑い事じゃないじゃないの!……でも、何でそんな事に」
「部屋の中だけでなく外にもまじない師を監視していた兵士達がいたが、そやつらも殺られたからのぅ……その数分で数十人がミイラじゃ。つまり、肉体を動かす力を維持するのにはそれほどの生気を要するという事じゃな」
メイメイは「ふんふん」と、ひとり頷いている。
「まぁ、流石にそれだけの生気を吸い尽くした死体だった肉体の細胞は若返っておったがのぅ」
「死んだ細胞も生き返ったって事?」
静加のつっこみにメイメイは「そんな事は知らん」と、そっぽを向いた。
「しかし、あれを捕えるのは本当に大変じゃったぞぇ。実験に使ったのは老人の遺体だったのじゃがな、その老人は若い頃は闘神とまで謳われた強い男じゃった」
兵士がその化け物に剣を向けたが、斬っても死ぬ事はない。逆に剣を奪われてしまう。剣を持った闘神だった化け物に最早誰も歯が立たなかった。
そう語るメイメイは再び遠い目をしている。
「え?でも、さっきは意思は持ってないって言ってたじゃない」
「あの化け物の意思ではないじゃろぅな。肉体を維持する為だけに動いているといった感じじゃったし、それを邪魔する者を排除しようとしていただけなんじゃろうが……細胞の記憶というのじゃろうか、肉体の記憶というのじゃろうか……兎に角、捕らえるのは骨が折れたぞぇ」
メイメイはうんざりといった長い溜め息を吐いた。
「まるで、その場にいたような言い方をされますね」
まさか本当にその場にいたとは思ってはいないリュートにメイメイは「ふぉっふぉっ」と、笑うだけであった。
「……まぁ、それは捕えて生気を与えなければ一日も保たずに元の遺体へと戻ったから良しとしてじゃな、問題はその後じゃ」
決して「良し」ではないのだが、捕らえる事は出来たらしい。
「王はその化け物を使って国を乗っ取られるのではないかという恐怖を覚えてしまったのじゃ」
「でも……その化け物を作ったまじない師は亡くなってしまったのよね?」
メイメイの話では作った人間も研究に携わった人間も亡くなってしまっている事になる。
「その化け物を作り出したまじない師は死んだのじゃが、王はそのまじない師の一族であれば同じ事が出来ると思い込んだのじゃ。じゃから、王は……その一族を処刑する事にしたんじゃ」
「……そんな!!」
リュートが「ばんっ!」と、テーブルを叩いた。
元はと言えば、王の無理難題が産んだ悲劇である。それなのに処刑とはあんまりだ。
「じゃから、そのまじない師の娘であったリンリーは親族と共に秘密裏に国を出たんじゃよ」
リュートが放心状態でソファに倒れ込むようにして座ると、テーブルの上に置かれた禁書が目に入った。
「……じゃあ、これに書かれているのは誰が?」
「リンリーかその親族じゃろぅのぅ。私は止めろと言っておいたのじゃが……人間とはそういうものなのじゃろうなぁ」
死人が蘇る可能性が見えてしまったら、研究したくなってしまうのが人間だとメイメイは言いたいらしい。
「肉体そのものを使う事は止めたようじゃがのぅ……まぁ、上手くは行かなかったようじゃの」
「どちらにしても、悪趣味ね。亡くなった人間に取ってみたらいい迷惑よ」
静加はテーブルの上の禁書をぺんぺんと叩いた。
静加は……崖から落ちて……そのままの方が良かったのかしら。
実菜は静加をちらっと盗み見したが、静加の答えを聞くのが怖くてそれを聞く事は出来なかった。
「ところで、これは何で土が入っているの?」
実菜は自身が抱いた疑問を打ち消す様に、テーブルの上に置かれた鉢植えの土に手を伸ばした。
「あ、そうだ。ソフィアのお墓にも行かなくちゃだったわ」
静加が、ぽんっと手を打った。実菜は嫌な予感がして、そっと土から手を離す。
「お墓……何……で?」
「その土の中に、ソフィアの頭蓋骨が……」
「ぎゃあぁあーっ!!!」
静加の言葉を遮るように、実菜の絶叫がウォン家の応接室に響き渡った。
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