女神さまの贈り物
※挿絵があります。不要な方はお手数ですがOFF設定お願いします。
「ぼくは呪われてるんだ」
ため息をつきながら、孔雀のクージャが言いました。
「そっか。僕の村も呪われてるみたいなもんだ」
ほおづえをついた少年フジャンは、クージャの横に腰かけて、うなだれていました。
◇◇◇
ここは、熱帯の森。
孔雀のクージャと、人間の少年フジャンは、さきほど森で出会ったばかり。
フジャンが毒蛇を見て身構えていた時、偶然通りかかったクージャがパクリと毒蛇を食べたことがきっかけで、ふたりはすっかり仲良くなりました。
「キミ、すごいねえ!! たすかったよ、ありがとう!!」
フジャンは感謝の気持ちを込めて、クージャにお礼を言いました。
クージャも気持ちが良くなって、「まあね」と胸をそらしました。
「気にしなくていいよ。蛇や毒虫を食べるのは得意だからさ」
そう言うと、フジャンはますます目をキラキラさせて、クージャを見ました。
実はクージャには、最近思い悩むことがあったのです。
だけど、こんなに気分が良くなったのは久しぶり。
そこで、フジャンという人間の子と、ちょっと話をしてみようと思いました。
「フジャンはなんで森に来たの?」
この森には、あまり人間は入って来ません。
危険もありますが、何より、女神さまの住まう森として、遠巻きに見ているフシがありました。
不思議に思って尋ねたクージャの問いに、フジャンは急に肩を落とし、しょんぼりした様子でこう答えました。
「森奥の女神さまに、雨降らしのお願いに来たんだ……」
フジャンの村では、もう何日も雨が降っていませんでした。
困った村人たちは、大地を掘ったり、遠くに川を探し行ったり、いろいろな手を尽くしましたが、どうにも水を得ることが出来ません。
そこで、自分でも何かできないかと考えたフジャンは、森奥の女神さまに会い、雨を降らせ欲しいと頼むため、森に来たと話しました。
「森奥の女神さまか」 クージャが、訳知り顔でうなずきます。
「女神さまと会ったことあるの?」
「あるも何も。ぼくは女神さまとは親しい仲さ」
クージャの言葉に、フジャンは目を丸くしました。
「ほんと? それじゃあ……」
クージャからも一緒にお願いしてもらえたら、女神さまはきっと雨を降らせてくれるに違いありません。
「でも、だめ。いま、女神さまとは会えないよ」
「えっ、どうして??」
「ぼくは呪われてるんだ。女神さまに呪われちゃった」
「??!!」
女神さまが、親しいはずのクージャを呪った?
わけがわからなくて、びっくりしているフジャンに、クージャは何があったのか話してくれました。
女神さまのお気に入りに、百の目を持つおばけがいました。
ところが、そのおばけ。寝ている間に、森の大虎にやられてしまったらしいのです。
女神さまは、おばけの百の目を残したいと考えました。
「それで、これさ」
クージャは、後に長く伸ばした尾羽を、フジャンに見せました。
「わ!!」
フジャンは思わず叫んで、尻もちをついてしまいました。
クージャが広げた尾羽には、びっしりと、たくさんの目玉がついています。
よく見ると、それは目玉そっくりの模様でしたが、ぱっと見たかぎりでは、目玉にしか見えません。
「ぼくは、これにウンザリしてるんだ」
クージャは、ため息をつきました。
「おかしいし、怖い。この尾羽のせいで恋人には振られるし、仲間の孔雀たちにも除け者にされちゃったんだ。呪いでしかないよ」
「女神さまに言って、外してもらえないの?」
クージャは首をふります。
「女神さまは、ぼくに、"贈り物よ"、って嬉しそうに言いながら、つけたんだ」
なんと困った贈り物でしょう。
女神さまは、クージャも"百の目玉"を喜んでいると思っているらしいのです。
「それは、言いにくいね……」
フジャンも頭を抱えてしまいました。確かに、そんな気持ちでは、クージャが女神さまに会いたくないのも無理はありません。
ふたりは並んで座って、一緒に悩みました。
そうやって、しばらく座っていた時です。
「きゃああああ」
「たすけて――」
森の向こうから、たくさんの悲鳴が聞こえました。
「!!」
クージャとフジャンは顔を見合わせます。
「なんだろう?」
「行ってみよう!!」
ふたりが駆けつけると、森の大虎が、孔雀たちを追い回しているところでした。その中には、クージャの元彼女もいます。
茂みでその光景を見て、クージャとフジャンは頷き合いました。
助けなければ。
でも、どうやって。
フジャンは小刀しか持っていません。到底、大虎に立ち向かえるような武器ではありません。
「脅かして、追い払おう」
ふたりはすばやく耳打ちしあいました。
ぐぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
唸るような大きな叫び声と、揺れる森の葉に、孔雀たちを追っていた大虎は、立ち止まって、茂みを見ました。
そして、自分の目を疑いました。
茂みには、たくさんの目玉、目玉、目玉。
この間、隙をつき、やっとの思いで倒したはずの"百目玉のおばけ"が、恐ろしい形相でこちらをにらんでいます。
しかも、以前には無かったはずの、大きな口を開けて。
「ヒッ」
反射的にひるんだ大虎に、声は言います。
「大虎め、よくもみんなをいじめたな。よくも俺様に仕掛けたな。今度はこっちが、お前を食べてやるぞぉぉぉ」
地の底から響くような不気味な声は、大虎の足を竦め、そのしっぽを股の間に丸めさせました。
うぉぉぉぉぉぉぉ―――――!!!
もう一度、茂みが大きく揺れた後には、もう、大虎の姿はありませんでした。
大虎は、一目散に逃げたのです。
その場にのこされた孔雀たちは、驚きすぎて、動けませんでした。
ガサガサと茂みが小さく揺れます。
茂みからあらわれたのは、一羽の孔雀と人の子でした。
人の子は、お腹に赤い土で、大きな口を描いていて、肩にクージャを乗せ、手には丸めた大きな葉っぱを持っていました。
「うまくいったね!!」
そう言って、にっこり笑った人の子とクージャに、仲間の孔雀たちはポカン。
フジャンとクージャに話を聞いた孔雀たちは、大虎を追い払った"百目玉"の正体と武勇伝に大喜びしました。フジャンが丸めた葉を口に当てて、おかしな声を出すと、大笑いしました。
それから、フジャンとクージャと孔雀のみんなで、森奥の女神さまに会いに行きました。
孔雀の仲間たちは、自分たちも目玉の飾りが欲しくなったのです。
大虎を逃走させるなんて、こんなに胸のすくことはありません。
女神さまは、にこにこしながら、クージャの目玉を、他の孔雀たちにもつけてくれました。
そして、クージャたち孔雀の、羽根いっぱいに広げた踊りと、お腹に絵を描いたフジャンの踊りを、とても楽しんだ女神さまは、快くフジャンの村に雨を降らせてくれました。
「ぼくの尾羽の目玉、呪いじゃなくて、お守りだったみたい」
恋人と仲直りできたクージャは、あとでこっそり、フジャンにそう言いました。
「素敵な贈り物だったね」
フジャンも、クージャに同意しました。
その後、村では雨が欲しい時、神さまに踊りを捧げ、孔雀は、毒蛇や毒虫を食べ、雨を呼ぶ縁起の良い鳥として尊ばれるようになった、ということです。
<おしまい>