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エピローグ

 爽やかな朝の陽ざしを受けて、キスティは目を覚ました。

 布団を出ると、暖かな日差しが全身を包む。季節は夏。この国では短い、開放的な季節だ。


 質素な部屋である。けれど、以前と違ってヴァイクから贈られた花が飾られ、ライエルンが部屋にあり、本棚には楽譜が沢山並んでいる。


 淡く赤みがかった、栗色の髪を無造作にかきあげ、ベッドから降りる。

 水差しから木の杯に水を注ぎ、喉を潤して、伸びをしていると、扉が二度鳴らされた。




「どうぞ」


 声をかければ、今日も侍女のシャーリーが入室してくる。


「お嬢様、本日はどのような装いをご希望ですか?」

「任せるわ。シャーリーはセンスがいいもの。飛び切り可愛くしてね」


 シャーリーは嬉しそうに笑って、今日も張り切ってキスティを着飾る。

 最近、このお嬢様は以前では考えられないほど明るくなった。

 常に明るく、ニコニコと笑っている。

 キスティのことを妹のように思っているシャーリーも嬉しくて、自然と笑顔になる。


 朝食を摂りに、食堂へ行く。

 歌姫のことを話したとき、最初は驚いていた両親だったが、大魔女であるレイアの存在を目の当たりにして、全てを信じてくれた。

 その上で、それでも自分たちの娘だと抱きしめてくれた。

 なんと素晴らしい人生だろうか。キスティも二人のことが大好きだった。




「キスティ、おはよう!」


 涼しげな夏服を着て、学園への道をゆっくりと歩いているキスティに、横から声が掛けられる。


「おはよう、アンジェ」


 今では愛称で呼び合う仲になった二人は、あれから色んなところに出掛けたり、交流を深めている。

 アンジェにも好きな人ができて、相談を聞いているが、アンジェが振られるわけがない。

 ヴァイクからの情報でも両想いは間違いないのだから、早くくっついてしまえばいいのに。


 二人で話しながら歩いていると、何人かの女生徒が合流してくる。

 元々アンジェと仲の良かった彼女たちと、今ではキスティもかなり仲良くなった。


 キスティは知らないが、ここ数ヶ月で人が変わったように明るくなった彼女は魅力的で、男女問わずじわじわと人気が出てきているのだ。


 教室に入り、皆と挨拶をして、授業までの時間を楽しく喋って過ごす。最近の話題は、もうすぐ開催される歌姫選定会のことだ。


 レイアは自身が大魔女であることを明かし、歌姫の真実を大々的に発表した。

 キスティのことこそ明かしていないが、呪いは解け、愛し合う二人は遂に再び結ばれたのだと。


 なぜそんなことをするのか、大魔女の気まぐれなど考えるだけ無意味だが、レイアが楽しそうだから別に構わなかった。


 とりわけ大騒ぎになったのがグレーイルで、何しろ元々はかの国の王子と公爵家の姫だった二人の生まれ変わりだという。

 信じがたい話だが、何しろ伝説の大魔女その人が言うことなのだ。


 ちょうど今年は歌姫が選出される選定会が開かれるところだった。

 法王は選定会を中止し、歌姫を教会に迎える意向を発表したのだ。


 それに意を唱えたのが出場予定だった女性たちやその親たちである。

 歌姫に選出されれば大きな名誉になる上、王族との太いつながりができるし、その他にも、この時代での歌姫には多くの特典があったのだ。


 大魔女の言うことを否定などできようもないが、過去は過去の歌姫のことであり、現代の歌姫たちより上だと言い切るのはいかがなものかと、多くの貴族や有力者たちが法王に詰め寄り、女性たちの努力を無にすることにも批判が寄せられ、遂に選定会は予定通り開催されることになった。

 歌姫は自分がそうであると明かさず出場する。

 真に歌姫ならば、それでも歌姫に選ばれるはずだ、との理屈である。


 これらの一連の話題は周辺諸国でも大きく取り上げられ、船の性能向上や、魔道機関車などの交通手段が発達していたこともあり、今年の選定会は、過去にない規模のものとなった。

 ここレングテックからも、気軽にとはいかないが、昔では考えられないほど安全かつ短期間で行くことができる。


 しかも夏季休暇の時期の開催ということで、キスティたちの学園でも観覧に行く家が多く、最近はもっぱらその話題で盛り上がっている。


「キスティ、おはよう。クラエル嬢(ララ・クラエル)も」


 ヴァイクが登校してきた。彼はいつも、真っ先にキスティのところに来てくれる。

 キスティも一番の笑顔で迎える。


「おはよう、ヴァイク」

「おはようございます」

「選定会の話題で持ちきりだね。この国からも何人か出場するんだよね」

「らしいですね」

「自信はどうだい?キスティ」

「負けるつもりはありませんけれど」

「キスティの歌聞いたことないけど、きっと勝つんでしょうね」


 そんな会話に、一緒にいた友人たちはおろか、教室中が騒然となった。

 これまでキスティが出場するなんてことは誰にも言っていなかったのだ。


「え、ヴァッセル嬢(ララ・ヴァッセル)、やっぱりそういうことなの?」

「最近のキスティールさんの変わりよう、絶対そうだと思ってた!」

「だよな、つまりはヴァイク、お前って…」


 選定会に出るという情報程度しか言っていないはずのに、この盛り上がりである。

 とはいえ、レイアが音楽教師として来てから、キスティとヴァイクが付き合い始めてキスティが急に明るくなり、と思ったらレイアは大魔女だとグレーイルで大騒ぎになって、学園からいなくなってしまったのだ。

 結びつけるのはそう難しいことではないように思えた。


 級友達から質問攻めになって、三人は顔を見合わせて笑うのだった。


 その後の選定会では、普段では考えられないことに、満場一致、圧倒的な差で一人の少女が歌姫の座を賜った。

 遂に王子様と歌姫は幸せな日々を過ごし、ともに生を全うし、安らかな転生を果たしたのであった。





 この真実の話もまた、歴史に消え行くのだろう。

 キスティが未来に転生した時にも、真実は伝わっておらず、歌姫の結末は様々な創作があるだけだったから…。


 けれども、二人は確かに出会い、添い遂げたのだ。


 遠い遠い国で、大魔女は満足そうに笑うのだった。

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