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大魔女と、揺れ動く心

 それから何日かして、レイアはキスティをお茶に誘った。

 学園内に談話室などもあるが、キスティは友人がいないため、使用したこともない。結局、休みの日に街の喫茶店へ行くことにした。


 レイアが選んだ店は、かなり洒落た内装の上流階級向けのお店だった。

 最近流行っていて、学園でもよく話題に上っているのだが、キスティはそのことを知らなかった。


 お茶と甘味を楽しみながら、色々な話をした。

 感情の減ったキスティにとって、久しぶりに楽しいと感じる時間だった。

 そんな中。


「あなたと彼が出会ったのは何回目かしらね?」

「さあ・・・。数えるのも無駄だと思ってしまいまして・・・」

「二十四回目よ」


 くすりと笑って言われても、実感はわかない。


「すぐに関係が切れた時、死ぬまで添い遂げた時・・・合計するとあなたが生きた二千三百年の内の千年くらい、一緒に過ごしているわ」

「・・・そうなんですね」

 そもそも二千三百年だったのか。数えてなどいなかったが、この偉大なる大魔女が言うのならそうなのだろう。

「正直、ここまであなたが正気でいられたことに驚いているのよ。ただの人間が精神を正常に保てる限界を超えているわ」

「正気でしょうか。もう壊れているように思えますわ」

「大分擦り切れてはいるようだけれど、ちゃんと正常よ。よく頑張っているわね」

「もう、頑張ってなど・・・。さっさと壊れたいとすら思えますわ」

「・・・ごめんなさいね、呪いを完全に無効化できなくて」

「レイア様には本来、手を貸して下さる義理もございませんでした。あの方を救ってくださったことだけで十分ですわ」

「あたくしが力を貸したのに中途半端になったことを、あたくしが許せないのよ。とはいえ、これ以上あたくしにできることはないけれど」

「こうして時々、お話してくださるだけで嬉しいですわ。・・・わたくしの心が残っているうちに」

「ふふ、そうね、じゃあ・・・」


 それからも二人は色々な話をした。

 二千三百年の間に一度も聞いたことのないようなレイアの言葉。これまで呪いに関することなど一言も話さず、世間話しかしなかったのに、今日はどうしたのだろうか。

 違和感を感じたが、キスティは深く考えなかった。






 翌日の昼休みのこと。

「一緒に劇場へ行かないかい?帝国のアイフォラー劇団の公演を視察するように言われてね。どうせなら話し相手が欲しいんだ」

「お誘いは嬉しく存じますが、どうぞ他のお方をお誘いくださいませ」


 ヴァイクは思い切ってキスティを誘ってみることにした。

 教室のど真ん中で。


 キスティは頭が痛くなるのを感じながら、いつにも増して鉄面皮で、間髪入れずに断った。

 ただ話しかけられても無言でいることが多いキスティだが、問いかけに最低限の返答くらいはしている。

 これで答えたと、ヴァイクから視線を外す。


 周りの学友達がざわめいている。

 これ以上嫌われて、嫌がらせでも始まったらどうしてくれるというのだろうか。


「ふむ。それは私の誘いだから遠慮したいということなのかな?」

「いいえ。劇に興味がございませんもので・・・」

「それなら、興味のあることを教えてくれないか?」

「・・・何も、ございません」


 その言葉は真実だった。

 キスティは長く長く繰り返される生の中で、多くのことを経験してきた。

 そして、あらゆることに飽きてしまったのだ。

 磨り減った心には、もはや興味のもてることなどない。


「アイフォラー劇団といえば、ライエルン奏者が有名ですよ!キスティールさん、あれだけライエルンがお上手なんだから、楽しめるんじゃないですか?」


 話に割り込んで来たのはアンジェである。しかしキスティが劇場へ行く方向で話をしている。

 なんということか、今日は味方ではないらしい。

 ああ、天使のごとき清らかな心を持つアンジェが敵になることがあろうとは・・・。


 二人は劇についてあれこれ話を始める。

 本当に、どうしてこの二人でくっついてくれないのだろう。

 長い時を生きたキスティは人間観察の経験も桁外れだった。

 しかし、そのキスティから見て、どうにもアンジェはヴァイクに恋心はなさそうだった。

 不思議だ。

 二人とも多くの人を魅了する人物だし、お似合いだという声も多いのに。


「三人の方が最初はキスティールさんも気楽じゃないかと。わたしお邪魔かもですけど、もし良かったらご一緒に連れていって頂けませんか?」

「邪魔だなんてとんでもないよ。確かに、いきなり二人で劇場というのは、私の誘い方が良くなかった」


 どうやらアンジェはキスティよりもヴァイクの味方のようだ。

 なぜかヴァイクも乗っている。


 アンジェとしては、ヴァイクを助けるために複数人で行くことを提案したのであり、ヴァイクとしても、つれない態度のキスティをどうにか動かそうと思ったら、アンジェの助け舟はありがたかったのだが、キスティの心には、いいようのない棘がささった。


 あなたはわたくしと二人で出かけたかったのでは?

 もう冷え切ったはずの心がほんの僅か熱を持つ。胸がちくりと痛む。

 先程は、付き合ってしまえばいいのに、なんて思っていたのに。

 そう、思ってはいたつもりだったのだ。心にもないことを。


「二人で」


 囁くような声だった。本当に小さな声だったはずだ。しかし、二人ともぴたりと会話を止めた。

 馬鹿なことをしている。無駄なのに。後でもっと悲しくなるだけなのに。


 だけど、キスティの口は止まらなかった。


「二人で、行きましょう」


 ほんの僅かに大きな声で、繰り返した。ああ、やってしまった。傷付くことが分かっているのに。


 それでも。

 ああ、それでも。


 二千三百年の時を経ても。

 何度繰り返しても。

 何度すれ違っても。


 どれだけ心がすり減っても。


 愛しているのだ。

 今も。

 ずっと。


 心優しいアンジェにすら、嫉妬してしまうほどに。




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