呪われた歌姫
むかしむかし、聖王国グレーイルには、それはそれは美しい歌声をもつ歌姫がおりました。
公爵家の姫君であった歌姫は容姿もとても可憐で、王子様の婚約者になりました。
王子様は文武両道、民からも貴族達からも評価が高く、誰もが国の未来に希望を抱いていました。
ところが、それを快く思わない人もいました。
隣の国の女王様です。
女王様は歌姫の国を自分のものにしたかったのです。
それに、国民から嫌われていた自分と比べ、皆に愛されている二人が憎かったのです。
二人を排除するため、女王様は呪いをかけてしまいました。
魂を地獄の業火に焼かれ、永遠に苦しみ続ける、それはそれは恐ろしい呪いです。
歌姫の国の魔女様が呪いに気付いて対抗し、王子への呪いは防ぐことができました。
けれど、何とか業火に焼かれることこそ防ぎましたが、歌姫は魂を呪われてしまいました。
何度人生を終えても、前世の記憶を持ったまま生まれ変わる呪いです。
人は人生を終え、生まれ変わるとき、魂を真っ白にします。
そうしないと、魂が疲れていってしまうからです。
歌姫は呪いのせいで、どんなに魂が疲れてしまっても、その記憶を持ったまま次の人生を迎えなくてはなりません。
呪いから解放する方法はひとつだけ。
王子様の生まれ変わりが歌姫を見つけ、口づけをするのです。
王子様は生涯を国に尽くし、王様になる頃には、隣の国は滅び、平和も訪れました。
そうして亡くなる最後の時、いつか歌姫の魂を見つけ、救ってみせると言い残したそうです。
歌姫は何度も何度も、生まれて生きて、そして死にました。
ある人生では平民に。
ある人生では奴隷に。
ある人生では貴族に。
ある人生では商人に。
どの人生でも美しい歌声は変わらず、いつも歌って過ごしました。
歌っていれば、いつか王子様が見つけてくれると信じて。
しかし、懸命に生きた歌姫でしたが、人の心が狂ってしまうほどの長い時間を過ごし、やがて心が壊れていってしまいました。
いつしか歌姫は、誰とも喋らず、誰とも関わらない毎日をただ無為に過ごすようになりました。
それでも何度も生まれ、死んでいく。
泣くことも笑うこともない毎日。
歌も歌わなくなっていきました。
それでも聖王国グレーイルでは、いつかその魂が解き放たれると信じて、『歌姫』を探しています。
いつまでも、いつまでも・・・。
何度も何度も、それこそ星の数ほど聞いた物語。
聖王国グレーイルに、古くから伝わる物語。
おとぎ話だったり、演劇だったり、吟遊詩人の歌だったり。
形を変えて伝わるこの物語は、細部は変わるし、それこそ物語の最後は大きく変わってきた。
歌姫は永遠に呪われたままの悲劇だったり、王子様の生まれ変わりが歌姫を見つけてめでたしめでたし、だったり。
聖王国グレーイル。
法王国グレーイル。
グレーイル共和国。
名前が変わり、国もいつか消える。
歌姫の物語も、いつか歴史に消えていく。
そもそも歌姫が実在したのか。
伝承は曖昧になっていき、そうしていつか、真実なのか創作なのか分からなくなっていき、消えていく物語。
私は知っている。
この話は真実であることを。
実際に何度も何度も、人生を始め、終えてきたから。
けれど、本当の最後は分からない。
この転生の呪いは、時には過去に、時には未来に、時間を飛び越えて記憶が繋がる。
私は千年後の法王国でも、二千年後の共和国でも、さらに遠い、宇宙に人類が進出した未来でも、何度も生きてきた。
いつしか物語が歴史に埋もれ、記録が途絶えていくのを知っている。
私はきっと永遠に呪われたまま。
この魂の地獄で、永遠に苦しみ続ける。