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漫才の台本

漫才「文学女子」

作者: 沢山書世

失礼にあたる、とご指摘を頂戴するであろう表現も含まれておりますが、漫才・コントの中の話だということで、大目に見ていただけると有難いです。

 職場のそばの公園。Aが座っているベンチにBがやってきた。

 B「話があるんだって?」

 A「折り入って相談がね」

 B「俺でいいのかよ」

 A「うん、同期のよしみで頼むよ」

 B「同期っていっても、昨日の入社式が初対面だぜ」

 A「みずくさいこといいっこなし。なにせ僕らは同期なんだからさ、な、頼む」

 B「君のこと、よく知らないぞ。名前も正直うろ覚えだし」

 A「他に頼めるやつがいなくてさ。初任給で奢るから」

 B「わかった、力になれるかどうかわからないけど」

 A「聞いてほしいのは、僕の彼女のことなんだけどさ」

 B「なるほど。恋愛の悩みというわけだな、うん」

 A「読書が趣味の彼女でね」

 B「へー、文学女子かあ、いいじゃないか」

 A「おしとやかな感じがするだろ」

 B「うん、するする」

 A「以前はたしかにそのとおりだったんだよ」

 B「うんうん」

 A「ところがさあ、付き合い始めてから解ったんだけど、喧嘩になると人が変わっちゃってさ」

 B「どう変わるんだよ」

 A「狂暴になっちゃうんだよね」

 B「文学女子のイメージとは違っちゃうなあ」

 A「だろ。最初、人間が入れ替わったのかと思ったもの」

 B「怒鳴るとか? ヒステリーのすごいやつかね」

 A「いや、そういうのとは違うんだ。本を手に、殴りかかってくるんだよ」

 B「さすが文学女子。選ぶ武器が違うねえ、ははは」

 A「笑い事じゃすませられないくらいすごいんだよね。なにせ本気で攻撃してくるんだからさ。本の角を使ってだよ」

 B「イタそー」

 A「ほら、僕の後頭部を見てくれよ」

 B「どれどれ?」

 A「膨らんでるだろ」

 B「みんなそれくらいの膨らみはあると思うけどな」

 A「僕のはたんこぶなんだよ。元はきれいな絶壁頭だったんだぜ。五センチは盛り上がってしまってる」

 B「いい曲線を作ってもらえたんだから、よかったじゃないか。むしろ感謝したほうがいいだろう」

 A「殴られてお礼を言うやつがいるかよ。おかしいだろ」

 B「でもさあ、なんでまたおでこでなく後頭部を?」

 A「逃げるところを後ろから襲われた結果なんだ」

 B「おいおい、やられっぱなしなのかい?」

 A「反撃すると、彼女の持つ本が辞書に変わってしまうんだ」

 B「パワーアップするわけだな」

 A「うん、痛さ倍増だよ」

 B「なるほどね。安易には反撃できないというわけか」

 A「本がよれよれになるのを待っているしかないんだな、これが」

 B「武器が壊れてやっと、解放してもらえるわけか」

 A「あまいな。次は栞が飛んでくるんだよね」

 B「栞? 紙っぺらじゃないか。怖くはないだろう」

 A「ますますあまいな。これがよく切れるんだよ。僕のおでこにある横線の数々、言っとくけどこれ、皺じゃないからな、傷なんだぜ」

 B「そうだったのか。最初は同期に五十代が紛れていると思っちゃったもの」

 A「そのうち社長より老け顔になっちまう」

 B「相手がそこまでやってくるなら、抵抗するなり反撃するなりしたほうがいいよ」

 A「無理無理。今度は電子書籍が飛んできてしまう」

 B「本よりも固そーだな」

 A「そのあとは図書カードの嵐が襲ってくるんだよ。あれも危険だよ。プラスチック製のものを、多分砥石かなんかで研いでるんだと思うよ。長袖が半袖にされちゃうんだからさ、信じられるか?」

 B「提案がある」

 A「おお、名案が沸いたのか?」 

 B「うん」

 A「言ってくれ」

 B「別れちまえ」

 A「いやだよ。僕と付き合ってくれる女の子がまた現れるなどとは思えないからね。彼女が最初で最後のチャンスなんだ」

 B「だけど、このままだと満身創痍になってしまうぞ」

 A「そうだよなあ。護身術でも習っておいたほうがいいかなあ」

 B「自分の彼女から身を守るためにかい?」

 A「それもおかしなはなしだよなあ」

 B「提案がある」

 A「おお、今度こそ名案か?」

 B「ああ」

 A「なんだろう。防弾チョッキをつけるとか?」

 B「違う」

 A「言ってくれ」

 B「敵は文学女子だ」

 A「敵ではないんだけどなあ」

 B「文学女子の習性をうまく利用して、攻撃をかわすことにしよう」

 A「そんなことができるのか?」

 B「武器を手に殴りかかって来たら、あらかじめ用意しておいた本を敵の面前で開くんだ」

 A「彼女の顔の前で本を開くわけだな」

 B「文学女子は活字に目がない。目の前に現れればどうすると思う?」

 A「つい読み始めてしまう」

 B「そう。抵抗しようとしても、無駄だ。活字を追いかけてしまうのは文学女子の宿命だからな」

 A「なるほど」

 B「殴りながらでは読めないから、武器を持った手は一旦ストップする」

 A「やった。見事な作戦だ」

 B「開いたページを読み終えた敵はどうしたくなる?」

 A「次のページを見たくなる」

 B「ページをめくろうとする手には武器があるよな」

 A「僕が持っていてあげるよ、と言って武器を奪うんだね」

 B「そうだ。呑み込みが早くなってきたな」

 A「続きを聞かせてくれ」

 B「本を読ませながら、君は後ずさりしていくんだ」

 A「後ずさりだね、どれくらい行けばいい?」

 B「最寄りの本屋までだ」

 A「待ってくれ、本屋には武器になる本が山ほどある。危険じゃないか」

 B「安心しろ、本屋には紙のにおいが充満している。文学女子にとっては何よりのごちそうだ。ごちそうのにおいを吸い込んで、穏やかな気分になってくれるし、深呼吸にもなるから、闘争心はいつの間にか消えてしまうんだ」

 A「穏やかさを取り戻した彼女の気持ちは、本屋に並んでいるたくさんの書物のほうに移ってくれるだろうね」

 B「そうだ。ここまでくれば、作戦で使っていた本はもう閉じて大丈夫」

 A「わかったぞ、そこで彼女から栞を受け取って本に挟んでしまうんだね。また武器を奪取できるわけか」

 B「そうだ」

 A「やったー。これで僕の身はもう安全だ」

 B「よかったな。この作戦をしばらく続けてみるといい」

 A「うん。絶壁頭が戻ってくるんだね。おでこの傷が治ってくれる日も、そう遠くはない気がしてきたよ」

 B「幸せになれるぞう」

 A「ありがとう。持つべきものは親友だな」


読んでいただき、ありがとうございました。

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