空想の悪魔
『《イマジナリーフレンド》、和訳すると《空想の友人》。その名の通り、空想した本人の頭の中にしかいない架空の存在で、大概はその人にとって都合のいい友人役。自己嫌悪の部分が強く投影されて産み出される自虐用のも産まれたりするけどね』
『当然、イマジナリーフレンドは投影してる人の知識量や経験を超える事は出来ない。そんな風なキャラクターを望まれて振る舞うのもいるけど、それは知識として自覚の無い忘れた情報から無意識に汲取られて。架空の人物が固有で持つ知識では無いんだ』
『そもそもイマジナリーフレンドはね、まだ幼い子供が寂しさを紛らわす為に産む事例が多い。誰もいない所に向かって話しかけてたり、指したりてるのはそこに純粋な子供しか見れない幽霊や妖精がいるんじゃなくて、空想の友人と遊んでるからだ。まぁそういうイマジナリーフレンドはその子が成長して人間関係が拡大していく過程で消えて忘れてく。それは悲しい事でも残酷な事でも無く、ある程度の独り立ちが出来るようになった成長の証なんだよ』
『けど、成長した人にも空想の友人が寄り添う場合がある。そういう場合は大概、極度のストレス下での発生する傾向があり、その原因は人間関係が多かった筈だよ。イマジナリーフレンドが発生する程のストレス下で自分のアイデンティティを維持するために心安らぐ他者との触れ合いを求めるのは、何もおかしい事じゃない』
『人の精神はストレスにも孤独に強いとはお世辞にも言い難い。勿論、適応できる人はいるけど大概はそうじゃない。銀行強盗に人質にされた女性が犯人が捕まる段階で逆に犯人を庇いだてる事がある。これは多大なストレスの発生原因となってる犯人に対して“彼には私が必要なんだ”や“私は彼を愛している”と思い込む事でストレスを軽減しようとする脳の防衛機能が原因なわけ。こうでもしないと人は高付加のストレスに耐えれないわけだ』
『孤独にしたってそう、脳がコミュニケーション可能な他人が存在すると思い込む事でイマジナリーフレンドは誕生する。幼児の脳が一人格をシュミレートして産み出せるのも、それが必要な事であるから。本来は群れで生きる人類種の本能なわけだね。正に人は一人で生きていく事は出来ないんだ』
『ここまでイマジナリーフレンドについて解説すれば分かったんじゃないかな?私が誰か、答えは君の産み出した架空の友人。君の中でしか存在できない“フラスコの中の小人”ならぬ“頭の中の小人”。君の存在を必要とし、君を裏切らない、君だけの友人。イマジナリーフレンドだよ』
『けど、さっきも言った通りイマジナリーフレンドの知識量は産み出した当人を超える事は出来ない。もし、忘却された知識や記憶も含めて当人を超えているイマジナリーフレンドが居たとしたら、果たしてそれは何だと思う?』
『他の人からは見えず、自分にだけ知識を与える者。神、天使、悪魔、精霊、妖精……。幾らでも名前はあってどれも不確かで、これだと断言できるものはない。だからこそ、私達は敢えてこう名乗る。決して宿主を幸福にするようなものではない架空の存在。架空の悪魔、と』
こっちが聞いていないとこまで意気揚々と語り明かした、目の前に居ても横の鏡に映らないその女の子はドヤ顔でそう言う。
何の前兆もなく気が付いたら横に居たその子は手品の得意な不審者でも現実に存在した吸血鬼とかでもなく、成程俺の妄想の産物であるらしい。
精神が追い詰められた末の妄想であるなら、こういうふざけたのが出ても確かにおかしくないかもしれない。
「なら“デモン”さん。結局俺の知らない知識とやらの出所はなんなの?」
妄想が相手とはいえ、かれこれ三ヶ月ぶりの会話。
このまま切って捨てるには勿体ないと思うぐらいには、他人とのコミュニケーションに飢えていたみたいなのを考えると、自分に都合の良い妄想の言葉も捨てたものじゃない。
『……なんか軽く扱われてる様な気がするけど、まぁ答えてあげよう。さっきも言ったように本来のイマジナリーフレンドの知識源はあくまで産み出した当人だからこそ、知識量はその当人を超える事は出来ない。では私達、イマジナリーデモンの知識は何処由来の物か。それは高次元から零れた“何か”。何かは私達自身でも分からない。けど、それが人間に巣食うイマジナリーフレンドと反応する事で、イマジナリーフレンドは産み出した当人から独立して確固とした精神生命体へと変質した感じ』
「…………へぇ」
『信じてないな!?』
「だってさっきの雑雑談と比べても一気に信用性落ちたし。何なんだよ、その高次元から零れた何かって」
『言葉で言い表せたらこっちも苦労はしないんだよ!』
「それにイマジナリーフレンドと反応してって言うけど、俺はさっきまでイマジナリーフレンドなんて――」
『居たよ』
「は?」
『言っただろ、イマジナリーフレンドは産み出した人に都合がいいと。まぁ学問とかでまとめられてるものとは少し異なるかもしれないけど、確かに君のイマジナリーフレンドは居たのさ。君が気づかないぐらいの側に寄り添う感じでね』
「そんなイマジナリーフレンドって意味がある?」
『無いと言えば無いし、あると言えばある。ただ、この三ヶ月、ただ一人で蹲っていた君がただ蹲っていられた理由を考えてみるといい。誰かが側で見守っていたくれたからじゃないのかな』
「……………」
妄想の言う事は全然論理的でも理性的でも無い。
ただ全てを投げ出して部屋に籠るのに誰かに見守っていて貰う必要はないんだから。
けど、何でか反論できないのはなんでだろうか――――
『まぁ、そんな謙虚で都合の良いイマジナリーフレンドも“何か”で私に進化したわけ』
「強制アップデートによるバージョンダウンとか、 どこのウィンド○ズ10?」
『バージョンアップ!そんな産廃OSと一緒にするな!』
元々のイマジナリーフレンドがどんな性格だったかは知らないけど、この様子を見る限りはバージョンダウンで合ってる気がする。
『くっ、なら私の本気の一端を見せてあげる。イマジナリーデビルの英知の力で、そのマヌケ面がよりいっそう面白くさせてやる!』
ズビシッ!とでも効果音が付きそうな勢いでこちらを指差す妄想。
無駄によく出来てる。
なら見せて貰おうかと首を縦に振って見せると、妄想はバッと両手を広げ、交差させるように振り下ろした。
すると――――
「なぁ!?」
家の中でポルターガイストが起きた。
棚の中から本は飛び出し、空になって転がってたペットボトルや缶詰が浮き上がり宙をグルグル回ってる。
それらが回って壁を作る向こう側でドヤ顔をする妄想を見る限り、自分は宣言された通りのより面白いマヌケ面をしてるんだろう。
イラッとする。
「……やっぱり幽霊か」
『違う!』
「それに凄いのは認めるけど、これのどこが英知の力?百歩譲っても念動力の力技だろ」
『違う、結果は同じでも過程が全然違う。これはね、物理法則を無視する為の別法則を扱う歴とした技術、テクノロジー。もっと分かり易く言うなら、魔法だよ』
そう妄想が言って、片手を上げると飛び回ってた物は止まって初めに置かれていた場所へと戻る。
『空想の悪魔を宿す者へが持つ最大の利点。“壁の向こう側の知識”、それを得る機会が与えられる事』
「うわあっ!?」
今度は俺の身体が浮かび上がって、背中が軽く天井に当たる。
妄想はそれをジッと見つめている。
さっきまであんなに表情豊かだったのが嘘の様に、表情が無い。
『まぁ、私達イマジナリーデビルも“何か”が宿していた知識を全て引き継いでるわけじゃないけど。それを引き出せば引き出す程に私達はイマジナリーフレンドから遠ざかる。その果てにどうなるかも、私達には分からない』
ゆっくりとベッドの上に降ろされた。
『ただ独立した人格が変化していくのか、はたまた一周回って元のイマジナリーフレンドへと回帰するのか、……“何か”の情報に上書きされ尽くすのか、何も分からない。それは私達が抱える根源的な恐怖と言ってもいい。でも、それ以上にその知識を君の為に生かしたい、その為ならどんな結末を迎えてもいい。そう思ってるんだ』
「………………なん、で?」
『さて、イマジナリーフレンドとして誕生した存在の本能なのか、それが“何か”にとって都合が良いからそういう風になったのか、ただ友人としての親心なのか、自分でも分からないし、特に気にしても無い。それにイマジナリーデビルはイマジナリーフレンドの時と変わらず、産み出した本人の中でしか確固として存在できない。産み出した本人が必要としなくなったり、死んだりしたら私達も死ぬわけだから、もしかしたら一種の生存本能の一種なのかもしれないね』
妄想は俺の側まで寄ってきて、右の頬に優しく手を添えた。
―――その手は柔らかくて、温かくて。
久々に感じた人のぬくもりに、心臓が激しく反応する。
『私と君は運命共同体。私は君の為だけに生まれ、生きてる』
甘美に誘い縛る、呪いの言葉。
やめろ、その顔でこれ以上言うな。
『君の為だったら私の全てを使おう。君が望むなら、可能の範囲で力も知識もあげる』
このままだと戻れなくなる、手を振り払って黙らせろと叫ぶ理性が融ける。
ああ、成程。
確かにぴったりの名称だ。
これはまるで―――――
『君が望んでくれる限り、私は君のものだ』
悪魔の誘惑そのものじゃないか。
どのジャンル区分したらいいのか分からなかったので、ローファンタジー扱いにしてます。