97 そのころのアシュケローン城
城に残った皆の前にあるスクリーンにはマスターが大写しになっている。実はアシュの用意したスクリーンはマスターの記憶にあった“映画”に似せて作っているのだが、マスターにとっては当たり前の存在すぎたのか、珍しいものだとは思われていないらしい。うまく作れてうれしいような、気付いてもらえなくて残念なようなアシュである。
「零号もうまく機能してますね」
天眼零号。周囲およびマスターに対して認識阻害をかけながら、マスター上空に浮かんで周囲を警戒する、という名目でマスターを堂々と覗き見し続ける、天眼シリーズの中でも特殊な位置づけの監視ユニットである。スクリーン越しにマスターの姿を堪能できるのは、その天眼零号のおかげである。
「歩きにくそうね……サラちゃん以外は」
「だから他に人がいないんでしょうね」
「森に近い方が地面がしっかりしてるのかな?でも近すぎるような」
案の定、森からゴブリンの群れが飛び出してくる。森の中を縄張りにしているのだろう。
「あ、ゴブリンが襲ってきました」
「さすがにゴブリン相手ではテストにもならないわよね」
待ち伏せするには効率の悪い場所だろうから、きっとたまたま近くにいた群れに違いない。その証拠に武器も持たずに勢いで襲い掛かったように見える。そんな武器も持たない小鬼たちを相手に、マスターが剣を抜いた。同時に埋め込まれた複数の感覚器官と魔力による探知が同期して、マスターには死角がなくなったはずだ。
「でもマスターあの体にまだ慣れてないと思います……」
心配そうに言うホタル。
「慣れてなくても半分は自動でサポートするから、問題はないはずよ」
もちろん覗き見だけではなく、マスターの体に仕込んだ各種ギミックの状態も天眼零号はモニターしている。仕込みのほとんどはまだ眠っている状態だが、自動攻撃の術式がマスターの無意識に反応して敵を粉砕する。
「ちょっと感度が高すぎたみたい。マスターが攻撃の意志を自覚する前に動いたわね」
しかし大した相手ではないとはいえ戦闘中に調整するわけにもいかない。それに多少ならマスターに慣れてもらっても問題はない。設定の変更が必要ならきっと言ってくれるだろう。アリシアはそう判断する。
「うわー、サラちゃんひどい」
「決め手に欠けるから仕方ないわね……」
スクリーンの端っこで木のようなものが動くのが見える。
「木……かしらね」
きっとマスターには見えているだろう。
「マスターなら大丈夫。それより」
「ええ、何か来てるわよ」
「お客さんかな」
「いいところなのにー」
スクリーンの映像を天眼一号に切り替える。
「冒険者かな?何か探してるみたいだけど」




