95 雑談しながら歩きましょう
最初は駅馬車を利用することも考えたのだが、サラがこんな見た目だし、そもそも俺たちがわざわざ街から街へ移動するルートをとる意味もないので、適当にぶらぶらと目的地に向かうことにした。そう、俺たちだけで移動する限り飯も宿も必要ないのだ。荷物もほとんど必要ない。ある意味チートだな。ただまあ、あまりに道なき道ばかり進むのも面倒だから程々に道も使いつつ、少しは街に寄って噂話なんかも仕入れたいな。
「街に寄るのであれば何らかの形で身元の保証を受けた方が良いですわね」
あれかな、大きな街だと入り口で何か見せなきゃいけないとか、通行料がいるとか。
「じゃあ、あまり大きくないどこかの街で、冒険者の登録をしてもいいかもな」
キリタチに冒険者の店の支店ができていればそこで済ませられたんだが……思い付きで出てきてしまったからな。まあ仕方がない。冒険者の店があってあまり大きくない街にまずは向かえばいいんだな。しばらく道なりに進んで、途中から道を逸れて湿地帯と森を抜けるルートをとるらしい。うん、任せた。
「そういえばマスターのお名前を聞いたことがありませんわ」
「名前か……」
浮かぶのは“坂本雄太郎”という名前。困ったことにそれが俺自身の名前だったのか、誰か……それこそ映画の登場人物とか、役者とかの名前なのかもはっきりしない。ただ、真っ先に浮かんだぐらいだし、縁のある名前なんだろう。
「様々な名があります。魂の名前と称して名乗りたい名前を名乗る者もいますから、マスターも思いついた名前で登録されればよろしいかと」
そういうものなのか。戸籍とかあるわけじゃないし、いちいち出生届とかで全人口の管理するような手間もかけられないもんな。名前で個人が識別できたらそれでいいんだろう。
「それより、冒険者登録するとなると、魔力紋を登録することになります」
はじめて聞いた。魔力に含まれる指紋みたいなものかな。
「本来人の体では一生を通じて変化しないものです。が、マスターの場合そもそもご自身の魔力紋が人のものとは異なるうえに安定しておりません」
「安定していないとどうなるんだっけ」
「普段の生活では問題ないはずですが、冒険者として登録するときに発行されるカードがマスターのものとして認識されなくなります」
ええと、つまりそれはカードで本人確認しようとすると失敗する?
「それは困るな」
「ですよね」
楽しそうな口ぶりだな。きっとアリシアと一緒に何か準備したんだろうな。
「そこで、安定した魔力紋を疑似的に生成する機能をその体に持たせているので、それを使っていただきます」
こんなこともあろうかと、ってやつじゃないか。やるな。
「ちなみに切り替え式でいくつかのパターンを生成できますので、今の名前を捨てることになったり別人としての登録が必要になっても安心です」
「それってズルだよね?」
「技術の勝利です」
何と戦ってるんだ。まあ勝利してるならいいか。




