93 新しい体を起動しましょう
「でも、マスターの魂の本拠地は今は書き換えません」
第二の環を骨の体に残しながら他の六つと細かい環を新しい体に移すらしい。言葉としては理解できるが俺の体の話としては全く理解できないぞ。魂の本拠地って何だ。俺にわかりやすいように言葉を選んでくれたんだとは思うが全くわからん。すまん。
「何かあったときにはここに戻ってこれる、あくまで“意識を飛ばして乗り移ってる”状態を維持します」
仕組みはわからないが、うん、別の体に乗り移って、それがやられたら元の体で目を覚ますみたいなやつ。ファンタジーにありそうなやつだ。ただこれって……
「なんかどんどん人間離れしてるというか、どちらかというと敵役で映画に出れそうな感じだな」
「マスターは死霊王になるお方ですから」
「そうだった死霊王になるんだった」
よく考えたらそもそもとっくに人間の敵だったわ。街一つ滅ぼしたわ、ノリで。神殿が討伐隊みたいなの送り込んで来てたわ。
「うん、まあわかる範囲では分かった。やっちゃってくれ」
正直に言うと何もわからないんだが。まあみんながなんとかしてくれるんだ、大丈夫だろう。
「では、始めます、マスター。まずは力を抜いて、私に体を委ねてください」
アリシアの手が俺の目を塞ぐ。瞼も目玉もない眼窩がおおわれることで何故か俺の視界が遮られる。それにしても、俺は骨だしアリシアはミイラなのに、何故か気持ちいいんだよな。
「マスターとこの体のつながりを弱めていきます。痛みや苦痛はないはずですが、もしそれらを感じるようなら教えてくださいね」
アリシアの魔力が俺の顔から体中に流れていく。流れるというよりこれは、細い触手のようなものが体の中を貫きながらあちこちに侵入してくる、というのが近いかもしれない。確かに痛みや苦痛ではないが、不快感、あるいはそれを通り越して倒錯した快感のようなものが体のあちこちで発生する。新たな扉が開きそうだ。
「それぞれの環を励起状態にします。イライザちゃん」
見えているわけではないのだが、俺の体のあちこちがいろんな色で光っているのを感じる。用意してくれた体も少しずつだが体の中心線に沿って光を放っているようだ。
「同期できました。」
「では最低限のところを残して一気に剥がします。ちょっとびっくりするかもしれません。いきます」
麻酔して親知らずを抜かれたときのような感覚が全身に襲い掛かる。痛くはないが何かが力ずくで剥がされる感触が体の芯に伝わってくる。
「んががっ」
声が出てしまう。体が震えているのがわかる。俺の体が、という感覚がいつのまにか他人事になっている。この体が俺を離すまいとしている。
「イライザちゃん」
「はい」
イライザが何かをしたらしい。途端に俺がどこにいるのかわからなくなる。体の隅々に張り巡らされていたアリシアの魔力の触手もいつのまにか感じなくなっている。残念だな。今度頼んでみよう。
「テスト時との差異ほとんどありません」
「思ったより抵抗は少なかったわね」
「今ので少なかったですか……?」
顔を覆っている手が柔らかく感じる。俺が柔らかいのか手が柔らかいのか。その柔らかさを感じているうちにだんだん落ち着いてくる。
「イライザちゃん、もういいと思うわ」
顔を覆っていた手が離れる。
「マスター、あなたはいまどこにいますか?」
どこといわれても玉座に座って……あれ、何か違う。
「目を開けても大丈夫です。見えますか?」
ああ、目を閉じたままだった。閉じる?何を?
そっと目を開ける。まぶしい。
「お、おう……」
俺の目の前で骨の体の股間だけが白く光っていた。




