90 吸血鬼に会いに行きましょう
使者殿との話はそう長くならずに解散した。世間のお作法から言えば食事会ぐらい開くべきなのだろうけど、街ならともかくここには人間向けの食い物がない。なにせみんな魔力だけで生きられるしね。張るべき見栄も特になかったので、そのまま帰してしまったのだ。がっかりさせたかもしれないが、得体のしれない場所で得体のしれない料理を食うのもそれはそれで大変だろう。彼はそれも使者の仕事だというのかもしれないが。
「普通に帰っていったね」
高度を下げた目玉が彼を捉えている。普段はアシュが一人でこの目を使っているが、必要な時はスクリーンに映してくれる。俺自身が自分の目の代わりにすることもできるが、俺だけが見ても仕方がないのでだいたいはスクリーンかアシュの二択になる。ちなみに、名前をつけた。天眼一号、愛称は天眼ちゃんだ。
「何か仕掛けたとしてもアシュの肚の中だからなあ……」
「肚の中っていわないでー」
そうは言っても実際そんな感じだと思うんだが。
「まあ、アシュのことは知らないだろうから何か仕掛けていく可能性もあったとは思うけど、なにもされなかったんだろ?」
「気付かないレベルで何かされてたらわからないけど、怪しいところはなかったはず」
普通の人っぽかったけど、一人で乗り込ん来る以上それなりに何かできる人なんだろうなあ。そう思うと安心はできない気がする。
「あ、マスター。なんかうさんくさい感じの人たちと合流したよ」
お、兵士って感じじゃない、確かに“うさんくさい”統一感のない人たちと合流した。なるほどあのへんから一人で来て、もし戻らなければ彼らが報告するとかそんな手筈だったんだろうか。あと近場までの護衛も兼ねてるんだろうな。だからといって本人に戦う能力がないとも限らないが……あまり関係ないか。本当に使者として来たっぽいしな。問題は意図のほうだよなあ。
「使者としての仕事は実際使者殿の口にした通りなんだろうけどな……」
その後の吸血鬼の話。別口の仕事か、個人的な理由かは知らないが俺に興味を持たせたかったんだよな?
「良いのではありませんか」
アリシアがまたあっさりと言う。
「マスターは興味のままに赴けば良いのです」
いつもそう言われている気がするぞ。そして皆が何とかしてくれるんだろう。知ってる。
「どのような意図が背後にあっても、それがマスターの意思を妨げるようなことがあってはならないのです」
「お、おう」
確かに吸血鬼には興味があるし、里の吸血鬼が何人いるのか知らないが一人で全部倒したっぽい奴にも勿論興味あるぞ。見に行きたいぞ。
「マスター吸血鬼に興味津々だったしね!」
「私たちにも興味もってほしいな」
すまん、ヒカルにもホタルにも興味がないわけじゃないぞ。
「お出かけするのでしたら、旅支度が必要ですわね、マスター」
「旅支度?」
「そのお体や、街用のボディでは遠出はできませんから」
「そういえばそうか」
おこさまボディはアシュの“ダンジョン”の内側で機能するように作っている。作っているというか、イライザとアシュのNPCシステムをベースに、VR的に俺の感覚と同期させただけなので簡単に作れたし、城と町と地下ダンジョンにおいては十分な性能を発揮する。が、その外では使えないのだ。
「天眼ちゃんもありますし色々試したいこともありますから、新しいマスターのボディ、期待してくださいね」




