88 カルドの使者
「使者?珍しいな」
基本的に“黒王の棺”として認識されているここに、使者を送ろうという奴はいない。いや、いないと思っていた。
「使者としての正式な旗を持ってますね。ただ結界のこちら側に足を踏み入れるのは躊躇するようで、外側で何か叫びながら旗を振ってますね」
「ほっといたらどうなるかな?」
「どうでしょうね……そのうち諦めてこちらに来るような気もしますが」
「かわいそうかな?」
「かわいそうでしょう」
街の方、領主の館ではなくこちらに来たということは“黒王”に用があるんだろうな。
「アシュ」
「はいはい」
アシュが音声をつないでくれる。さて、何の用だろうな。面白い話だといいんだが。
◆◆◆
目の前には玉座に座ったスケルトンがいる。王国風の神官服を着たミイラとよくわからない異国風のゾンビ、さらに、見た目は普通だがあちこちちぐはぐなゾンビ……いや、フレッシュゴーレムというやつだろうか。
「なるほど、悪霊……ヒカルとホタルに手出ししない、と」
伝えるべきことは伝えた。連れ去った悪霊についてカルドは関知しない。かわりに我々の事も放っておいてくれ、と。
「別に手を出してくれてもかまわんし跳ねのけられないとも思わないが……」
自分の体がびくっと強張るのを感じた。
「まあ、言いたいことはわかった。わからないのは……カルドという国は、このやりとりにどの程度意味が……効力があると思っているんだ?」
それは私も知りたいことだった。素性の知れぬ城の主に対して、我々も手を出さないからお前も手出ししないでくれ、という約束が、それが口約束だろうが書面だろうがどの程度の意味があるのか。その効力を本当に期待しているのか。しかし適当にごまかして帰るのも難しそうだ。ここは素直に私の感想を述べるしかないか。
「私も意図までは聞かされておりません」
なので私見でしかない、と前置きした上で。
「閣下の人となりを見極めたい、という意図なのではないかと」
黒王とのかかわりが疑われているとはいえ、ありふれた悪霊二体、それほど価値があるとも思えない。王国の神殿が悪霊を気にしていたのも黒王とのつながりありきだろうが、その件で神官を失ってからはおとなしいという噂だ。
「ということは……使者殿は捨て駒か?」
「それは使者という役割上、そういうものかと」
使者というのは基本的にそういうものだ。そこそこ信用できる相手のところに行くのでさえ、内情はわからない。なんなら“敵対の意思を示す”ために斬られることもある。ましてそうでない相手のところに行くときは、話が通じるかどうかすら賭けなのだ。
「大変な仕事だなあ」
玉座のスケルトンが場違いな感想を漏らす。私はつい笑ってしまった。
「閣下が問答無用で使者を斬り捨てるような方でなくて助かりました」




