83 エルシャvsアリシア
「大聖堂。かつてはあこがれたのです。ええ、本当ですよ?」
聖女たちの祝福、我らの奇跡を簡単に剥がしてまとまりのない肉塊に変えてしまった後、ミイラはそう言ってのけたのだ。ああ、これは。このミイラは。奇跡の形を正確に見ることができるのか。そして我々の、人の身で起こす最高峰の奇跡を見て幻滅したと言うのか。素晴らしい。
「神の御許に招かれる日まで安らかに待ちましょう」
それは使者を送る祈りの言葉。同時に炎が肉塊たちを灰に変える。祈りを口にしながら一般魔術も使うのか。使えるのか。そうか、手本はこんなところにあったのか。是非私の手でこれを作り上げなければ。私の聖女。私の。
「さて。終わらせましょうね。あなたには祈りも必要ないでしょう?」
「そうですね、私はもう終わりのようです」
生きている限りこのようにはなれまい。我々は生に、命というものに執着しすぎたのかもしれない。
「しかし私の聖女たちは! まだまだ強くなる」
そうだ。今まさに、生きている限りこのようにはなれないと知ったのだ。命は枷であると今ならわかるのだ。神の力を振るうのに人の命は弱すぎるのだ。ああ。今すぐにでも研究室に戻りたい。しかし。私は見なければ。いや、違う。見たいのだ。義務ではない。欲望なのだ。
「どこまでも歪んでいくというのですね」
最も歪んだ存在が、おかしなことを言うものだ。そんな目で見ないでくれ。
「それを歪みと言うのなら、お前は」
アンデッドでありながら信仰を口にし、神の加護も奇跡も理解し、同じ口で一般魔術も行使する。それは歪みではないのか。
「いいえ。あなたたちの信仰、あなたたちの技術。つまりはあなたたちの能力不足が、あの子たちも、あなたも、歪ませた」
「不足! 能力の不足! なるほど、そうでしょう! そうでしょうとも!」
なるほど、我らの在り方が歪んでいるのではない。我らの目的が歪んでいるのでもない。ただ、我らの力が及ばず、にもかかわらず高望みをしたから、作品が歪むのだと。まさに。まさに。そしてこのミイラですら従っている黒王という存在。
「それにしても、黒王というのはどれほどの存在なのか!」
「マスターをそんなものと一緒にしないでください」
今までと明らかに違う声色を聞いた、そう感じた瞬間、上からたたきつけられる圧倒的な力で“私”は粉砕されていた。
◆◆◆
帰還命令が出た。いつの間にか三両目の扉も閉ざされている。結局あれが何だったのか、待機中になにが起きていたのか、武装神官たちには何も知らされることもなく、彼らの馬車は帰路につく。




