82 技術神官エルシャがあらわれた
量産聖女の試運転は上々である。黒王の棺の結界を飽和させ、まずは第一層をはがすことに成功した。
「おっさんのほうが俺なんかよりよっぽど外道というか、邪道というか……」
遠隔で音を伝える魔術。よく練り上げられている。街ひとつを対象にした死霊術といい、そこいらの魔術師どもとは格が違うのは間違いない。
「邪法外法大いに結構、我々は神の教えのためならすべてを捧げるのです! 幸いなるかな幸いなるかな幸いなるかな!」
我々は“神秘を体現するもの”。神の教えに逆らう者たちを一掃するためならすべてを捧げるもの。使える手段はなんだって使う。
聖典にある“大いなる裁き”も、神が直接手を下されたわけではない。神の力の代行たる天使。神が直接人と交わる時代は過ぎ、遣わされた天使と言葉を交わす時代も過ぎ、その後の時代を我らは生きているのだ。人が人の意志で神の力を振るわねばならぬ時代なのだ。
「リューゼとファルムの逸話。神の力の代行たる天使。その力は正しく振るわれるべきでしょう? 大聖堂は正しく天使の力を行使しなければならんのです! そのためには聖女の数が圧倒的に足りないのですよ!」
我々は世界を正しい形に整える義務がある。神の意志にあわせて世界を作り替える義務と言ってもいい。異教徒も、邪悪なアンデッドどもも、聖典に出てこない魔物も、すべてを平らげ世界をあるべき姿に。
「それ自体が神の意志であるとは考えないのね」
「笑止! 神殿から出たものが神の意志を語りますか!」
聖女たちを結界第二層にとりかからせる。動きの悪くなった者もいるが、問題ない。これは運用実験なのだ。
神官服に身を包んだミイラが聖女たちの向こうから現れる。あれが噂の。
「この子たちが、すべてを捧げさせられた生贄の子ヤギたち?」
錆びた門扉を開けた時のような声。不覚にも美しいと感じてしまった。しかし。
「この結界が神の国の扉だとでも?」
原初聖典の一説、神との対話の時代の話だ。とはいえ黒王の棺は神の国ではないし、我が聖女たちは生贄ではない。自らを持たぬヤギでもない。彼女たちは選ばれた神官なのだ。
「別にそんなつもりで言ったわけじゃないわ。ただ、自らの意志ですべてを捧げたわけではなさそうよね」
乾き濁った眼が、なぜかすべてを見通しているように感じられた。
「その子とその子、あとそっちの子も、もう生きてないみたいだけど?」
些細なことを気にするミイラだ。彼女たちはそこに在るだけで力を食う。魔力を使い切れば生命力を使う。最後は予備の魔石が空になるまで動く。それが我々の覚悟だ。
「なるほど心配してくださるのですね、彼女たちのことを!実にお優しい!」
「彼女たちは自らの意志でここに立ったわけではないのでしょう?それに、死してなお使役されるのは、あなたたちの信仰では認められないはずです」
それはそうなのだが。それこそ些細なことではないか。
「死者の尊厳!もちろん大切です!しかし彼女たちは一般信徒とは違うのです!信仰心も!責任の重さも!」
我々は一般信徒ではない。聖女候補もそうだ。その力は正しく振るわれねばならない。
「人の手による奇跡の代理行使。間違っているとは言いません。ただ、残念ながら理解が浅い。この程度で神や神秘を語られるのは正直…がっかりですね」
神官服のミイラが手を振る。簡単に。本当にいとも簡単に私の聖女たちが、その力のまとまりを失っていく。崩壊と再生のバランスが崩れ、生きた肉塊となって地面にわだかまった。




