08 出会い
アリシアだったものを見送りながら、神官たちは安堵していた。あれだけの力を持ったミイラを相手にしながら十人そこそこの被害で済んだこと、それが街に興味を示さず一目散に森に向かって走り去ったこと。それが今後何を引き起こすのかはともかく、目先の被害はこれ以上拡大しないだろう。
「下っ端としては、報告だけ上げて忘れてしまいたいね」
下級神官の一人はそうつぶやくと、よろよろと起き上がった。報告が上がれば調査にしろ討伐にしろ、意思決定は上の人たちの仕事である。何らかの決定が下された結果、自分たちに仕事が回ってくるならそれを全うするだけだし、そうでないならどこかの誰かを心の中で応援しつつ、日常に戻るだけだ。世界の平穏は神に祈ろう。それは日々行っている。大丈夫。大丈夫だと思い込みたいのだがどうしても、神の加護の付与された盾が砕け散り扉が開かれた光景を思い出すと、彼の表情は不安に曇るのだった。
◆◆◆
城の中に彼女が現れた。俺にはそう感じられた。そしてものすごい勢いでこちらに向かってくる。
「来た」
つい嬉しくなって声が漏れる。扉が開かれ、彼女が走ってくる。純白の聖衣を纏ったミイラ。なんて美しい。骸骨に似た、しかし薄く肉を纏った顔、はっきりと見える整った歯並び。そのままの勢いで飛び込んでくる。歯と歯がぶつかる、と思ったら直前で不自然に速度が落ちた。魔法?と思う間もなく玉座ごと抱きしめられ、歯と歯はそっと触れ合った。これも口づけと言えるのだろうか。脳裏にファーストキスという言葉が浮かぶ。脳ないけど。彼女の、あるいは彼女だったものの記憶が流れ込む。アリシア。いい名だ。俺も彼女の背に腕を回す。聖衣の肌触りが心地よい。肌ないけど。二人の間を魔力がゆるゆると循環する。彼女の背骨を聖衣の上から右手でそっと探り当てる。。その手をゆっくりと下に滑らせ、指先が尾骶骨に触れる。ふといたずら心が芽生えて、指先に魔力を少し集めるとそれを彼女の背骨から頭まで一気に通した。彼女が声にならない叫びをあげ、のけぞる。が、俺は左手を彼女の頭に回して逃げることを許さない。触れ合ったままの口から魔力を吸い出して、また右手に戻す。彼女は痙攣を続けている。楽しい。かわいい。
「アリシア」
十分に彼女を楽しんだ後、俺は両手で彼女の頬を挟むと、その眼窩をみつめて名前を呼んでみた。
「はい、マスター」
はじめて彼女のかわいい声を聴いた。乾いた、軋んだ、鉄錆を擦り合わせるような声。素晴らしい。
「これからよろしく、アリシア」




