78 装甲馬車
黒光りする大きな装甲馬車が三台、夜明け前の人通りのない街道を猛スピードで走っていた。車体には大きく神殿の紋章。明かりの魔法で馬車の前の道は明るく照らされている。まさに飛ぶように走る馬車の中は施された加護のおかげか、スピードの割には相当に静かだ。
「なあ……」
ささやくような声。静かな中で一人の男が隣の男に声をかけた。馬車の中の男たちは皆同じ格好をした武装神官だ。
「作戦自体はわかるんだけどさ……何がどうなってそういうことになってるんだ?」
「後で隊長からちゃんとした説明はあるだろうし、俺も噂程度にしか知らないからな……話半分で聞いてくれよ」
「ああ、それでいい」
声をかけられた男も小声で返す。床下からはカラカラという車輪の回る音が微かに伝わってくる。
「黒王の棺は知ってるだろ?」
「詳しくはないがまあ、一応はな」
「どうも、黒王が復活したんじゃないかって噂がある。誰も確かめてはいないけどな」
「で、今回の遠征は大神官猊下が直接指示を出したらしい」
「大神官猊下がそこまで気にするような状況なのか?」
「地方神殿の聖女候補が突然ミイラになって出て行ったって話もあったろ?」
「どうもそのミイラも黒王に合流したとか」
だんだん話に参加する人数が増えてくる。声も大きくなってきた。噂話というのは人を引き付ける。
「俺は、ユーグゼノの吸血鬼の里が黒王の手下に滅ぼされたっていう噂を聞いたぞ」
「カルドの悪霊の話と混ざってないか?」
「悪霊?なんだそれ」
「カルドに派遣された神官が殺されたって話あったろ、ちゃんと全員に通達あったし祈りの時間も取られただろうが」
「あ……あったかもしんねえ」
「お前なあ……」
装甲馬車の外では時々バシッという大きな音がしている。走行風を軽減する結界に生き物や魔物が当たって弾ける音だ。時には魔力が干渉して強く青白い光を放つ。車内にもその音は小さくだが伝わってくる。
「で、黒王の調査は専門の調査チームがやってるようなんだが、今回の俺たちの任務は街の浄化らしい」
「街一つまるごとアンデッドになってるとかいうあれか?与太じゃないのか」
「与太ならそれはそれで良いことだと思うがな。それなりに確度の高い情報があるから大神官猊下が指示を出したんだろうし、残念ながら事実なんじゃないかな」
ガタン、という音がして、少し会話が途切れる。馬車が止まる様子はない。目的地までまだしばらくはかかるだろう。
「ところで話は変わるんだがな、我々は装甲馬車二両に分乗したはずだよな……三両目には誰が、いや、何が乗っている?」
武装神官たちは互いに視線を忙しく動かしたが、その答えを持つ者はいなかった。




