73 祈りが届いたらイイナ
生きている。
死んでいない。
大した違いではないと思っていた。
失敗すれば死ぬものだとも思っていた。
何故か私は死んでいない。ただ、どうなっているのか全く分からない。周囲がどうなっているのか、視ることはできる。
拳を握ると見えなくなる。手を開けば見える。手の向きによって見える範囲が変わる。妙な魔法でも使われたのだろうか。
「マスターの……素晴らしい……」
女の声だ。他にも誰かいる。声が聞こえる。耳ではないどこかで音を把握している、そんな感じ。
「……いや、俺もこれはひどいと思う……」
耳ではなくそのどこかで聞こうとする。そこに集中してみることで少しは聞き取れるようになった。
「仕方ないですわ。体のほとんどは消し飛んでましたし」
やはり負けたのか。仕事は失敗したのか。ほかの連中はどうなっただろう。
「ちょっとおもてなしが過ぎましたね……」
「他の侵入者は形が残らなかったから……」
……全滅か。あの手が十本ある何者かはそれほど強かったのか。
「死なない処置はうまくいってると思うんだけど、腐らないかどうかはしばらく様子見だなあ」
楽しそうに話している。手の向きを変えてその姿を確認する。これがマスターか。玉座に座った、ぼろ布をまとった骨。黒王の棺に侵入しようとした。その抜け道がダンジョンだった。ボスに全滅させられて、ここに連れてこられた。で、玉座に座っている骨がマスターと呼ばれている。なるほど、これがターゲット、あと周囲にいる女が取り巻きか。
「マスターならその辺の術理は何も考えなくてもこうしたいと思った形に組み立てられるので、うまくいっているはずです」
「どういう仕組みかわからないけどすごいよね」
どう考えてもこの仕事は無理だ。たとえ抜け道がダンジョンでなかったとしても、コレをどうにかできたはずがない。魔術の事は詳しくないが、今の話が本当なら、こいつが規格外の化け物だということは素人にもわかる。しかし、そうだとしても。
「小さいけど神殿があっただろ?あそこで神官っぽいポジションをやってもらうのがいいんじゃないかな」
これはないんじゃないだろうか。そりゃ我々はアサシンだ。殺し屋だ。相手に罪があろうがなかろうが殺す。依頼があれば殺す前にあれこれややこしい事もする。拷問とか手間ばかりかかって好みじゃないが、嬉々としてやるようなのも身内にはいた。しかし、それでもコレは違うだろう。黒王かマスターかしらないが、こいつはそういった頭のおかしい連中とも何かが違う。話しぶりは楽しそうだが、楽しんでいる風にも見えない。思いついたことができるからやる、そういう風に“なっている”んじゃないか。顔の肉がないから本当のところはわからないが。なんにしても、そんなモノによって私は不死のよくわからないものにされて、神殿に置かれるのだろう。理由は、たまたま私の体だけ少し残ったから。
「聞こえていますよね。あなたは人間です。誰が何と言おうと、マスターがあなたを人間として生かした。だからあなたは人間です。あなたにはキリタチの街の神殿を与えます。そこで神に祈るもよし、神を呪うもよし。好きに“生きる”と良いでしょう」
聞こえているとも。ああ、勿論聞こえているさ。もとから神への信仰なんて持っちゃいないが、呪う理由もない。ただ、お前らは呪う。本当に死なないのかどうかは知らないが、生きてる限り呪わせてもらおう。いつかその呪いがお前らに届くと信じて。それが叶うなら……ああ、そうだな、神ってのに祈ったっていい。




