67 視線
お子様ボディで城から出ると絡みつくような力の流れを二本感じた。アリシアのときと似ているのだけど、こちらから力を吸い出そうとするとすっと逃げられてしまう。
「なんだこれ……?」
俺が探られているのか、俺のこのお子様ボディが探られているのか、とにかく地味に鬱陶しい。
「一本は聖都だよな……こっちの方がアリシアに似てる。もう一方は何だろうな?気配がもっとねっとりしてるような……」
まあ鬱陶しいだけで実害は無さそうなのでほっといてもいいのだけど。
「なーんか覗き見されてるみたいで落ち着かないんだよなあ」
◆◆◆
「思っていたのと気配が違いますね」
中央大聖堂の聖女カタリナは、目の前の地図の上に並べた大小さまざまな道具を見ながら呟いていた。方角はすでにわかっているので、この魔術陣はあくまでアリシアの術の答え合わせと、逆に攻撃を受けた時のダミーとして構築されている。実際何度か地図の上の小さな人形が吹っ飛ばされてはカタリナがわざわざ拾って元の位置に戻している。
「あと、私以外にも別のところから、同じような術を……ああ、これは」
聖女らしからぬ表情を浮かべてカタリナが吐き捨てる。
「バー・ディク・ニク」
バー・ディク・ニクは昔からある子供向けの玩具である。かならずどこかが欠損している6体1セットの人形だが、正しく組みなおすと5体になる。この場合は、人に向けたあまりよろしくな意味合いの言葉である。足りない者、無駄に大きく見せる者、あたりが別称としての本来の意味合いだと思われるが、正直ただの罵倒語である。
◆◆◆
「唯一の聖女様はどうやら育ちがあまりよろしくないようだね!」
国教会の地下、“誰も見ていない”部屋で、フィオナは大笑いしていた。もう一つの視線はフィオナのものである。磨き抜かれた床の部屋とは違い、こちらは闇が支配している。神も人も、誰も覗き見ることはないと定義された部屋。覗き見の術式は縁を結びやすく返されやすいが、ここでは何も対策しなくても、逆にのぞき込まれることはない。フィオナは“左向き”の得た情報を元に黒王の棺と辺境伯領の中心部を探っていたが、黒王の棺そのものには手が出せなかった。そこから何者かが出てきたのでちゃんと術をつないでみたら、聖都からの似たような術まで辿ってしまい……さっきの台詞である。
「私は好きだけどねぇ、そういう女」
フィオナからすれば、聖都の神殿が自分たちをよく思っていないことなんか最初からわかりきっている。その上で、お互い政治的な思惑もあって、同じ宗教同じ宗派の顔をして付き合っているわけで、あまり居心地が良いわけではない。いっそ露骨に嫌ってくれたほうが政治の都合でちょうどよい距離を保つのもやりやすいというものである。立場上色々考える必要はあるが、フィオナ本人は至って単純な人間なのである。
「聖女様はともかく、黒王さん、でいいのかな?思ってたよりちんちくりんだねえ」




