56 お買い物をしましょう
夜のうちにバーデン伯の屋敷に移ると、体の使い勝手を確かめるという名目でサラといちゃいちゃしながら朝を迎えた。サラのベッドは一人用だがそれなりに大きく、そして何より……俺がとても小さいのでなんの問題もなかったのだ。
「……それにしても、誰の趣味なんだ」
一応全員で決めたのだろうとは思うが、子供の姿というのはなんだか恥ずかしい。しかし、よく考えれば、出歩くときには便利かもしれない。大人に比べれば警戒はされにくいだろう。まあ、警戒されて困るわけでもないか。感覚としては完全に自分の体だが、この体が大きく損壊するか、直接魔力線が断たれた場合は玉座の体の感覚に戻るだけらしい。
「……本当にあそこにあるからだが本体なのかどうかもわからなくなってきたな」
今の俺にとって俺自身の在り処はこのお子様ボディでありその頭の位置である。ただ、そう感じるのはこの目を通して物を見ているからでしかない……ような気がする。
「肉の体でのイチャイチャもいいが、骨の体で魔力の流しあいも捨てがたいんだよなあ」
「アシュちゃんのところに戻ったら、ぜひお願いしますわ」
額に呪符を貼りなおしたサラが部屋に入ってきた。
「マスター、商会長さんが来られたようですわ」
◆◆◆
それなりに和やかに話はしたつもりだが、商会長ご一行の顔色は終始優れなかった。とはいえさすが商売人、それも大きな商会のトップである。明らかにおかしいはずのサラと、よくわからない子供である俺を前に必要な話をきちんとまとめていった。しかし、サラは手紙にお話がしたいとしか書かなかったらしい。普段からの付き合いがあればともかく、突然それだけ言われても困っただろうに。
「我々はラッシャ商会ですから」
それはきっとプライドなのだろう。だから俺も欲しいものを淡々と説明する。世界地図、服、そして何種類もの魔術材料。大抵のものは調達できると会長は言った。すぐ用意できるものもあれば、時間のかかるものもある。ただ、世界地図はできれば早く欲しい、そう伝えた。金についてはサラを辺境伯として扱うことで伯の商会口座で決済が可能、なんらかの形で金が入る場合も商会を通せばそこに入金させることもできる、ということらしい。商会というのは銀行も兼ねてるのかと思ったがどちらかというとネットのショッピングモールのアカウントに紐づく預かり金みたいなイメージなのかもしれない。正しいかどうかは誰にも確認できないのが残念だ。“バーデン辺境伯”というアカウントは我々が乗っ取った、ということでいいのだろう。
◆◆◆
「商会としての我々の仕事はあくまで商売だ。彼らが何者であっても、あるいは何であっても。ただ、お前は別に商売人ではない」
「ええ、まあそうですが……」
「つまり、お前はこの契約が終了すれば、何をどこに話そうが我々とは関係ない。お前がその怯えの解消のためにどこに駆け込もうと」
魔導士は商会長の方を見た。商会長は前を向いたまま、魔導士の方に視線を向けない。ただ、会長の顔色は白かった。彼らと話して、街の状況にも察しがついてしまったのだろう。ただ、彼の商売上の利害とは一致しない。彼の中での落としどころがこれなのだろう、そう理解する。
「ありがとうございます」




