54 商会の到着
ラッシャ商会長一行がバーデン辺境伯領の首都に到着したのは夕方、少しあたりが暗くなりかけた頃だった。特に街の出入口のようなものはないが、道の脇にある立て札が境界を伝えてくる。
「うっ……」
同行した魔導士が一瞬声を上げた。
「どうした?」
「いえ、何でも……」
彼は黒王の棺の結界に備えるために雇われた魔導士である。多少の結界術は使えるし、魔力の感知についてもそれなりにはできる方だ。だからこそこの街の異変に気付いてしまった。そこかしこに見える人魂のようなもの、魂が抜けて虚ろな肉人形と化した人々、そこから延びる細い魔力線。しかし彼はそれを雇い主に伝えることはできなかった。彼の職分を超えているというだけではない。それだけなら多少のサービス精神で雇い主に忠告するぐらいのことは、金で雇われた魔導士と言えどやらないことはない。それでチップでも貰えればラッキー程度の話である。が、この状況はあまりにも常軌を逸していた。下手に騒ぐと自分たちも同じようになる、あるいは何らかの別の問題が起きる、そんな気がして仕方がなかった。
実際には彼が騒いだからと言って誰も気にしなかっただろう。アシュとイライザは城に入れずに話をするために、そしてその過程で盛り上がったからこのような街を作り出してしまったにすぎず、それがばれようが騒がれようが気にしない。ただ、それによって商会との会談がキャンセルされるようなら腹いせに何らかの行動はとったかもしれない。
「そうか。しかし顔色が良くないな。早く宿をとって休むとしよう。バーデン伯のところには先に知らせだけ入れておいて、明日伺うので良いだろう」
魔導士は正直宿に入るのも怖かったのだが、そんなこと言えるわけがない。第一宿に泊まらなければ街の外で野宿である。非常事態に備えて外で一泊できる程度の用意はしているものの、今この環境でそれを選ぶ方がさらに恐ろしい。
「……本当に大丈夫か?」
「ええ。街に着いて少し気が緩んだのかもしれません」
そんなわけがない。が、他に適当な言い訳も思いつかなかった。
街によっては商会の所有する建物や、そこに常時詰めている人員がいたりするのだが、ここにはそのようなものがないため普通に宿に泊まることになる。
「それにしても、なんだか妙に静かな気がしないか」
宿も、宿の中の飯屋もまだこれからにぎやかになる時間ではある。とはいえ人はちゃんといて、それなりに人の動きもある。音も無音だというわけではない。にもかかわらず会長は違和感を覚えていた。
「人はいるのに、見合うだけのにぎやかさを感じないというか……」
会長の言葉に、部下も
「ああ、そういえばそうですね。満員でないとはいえ、このくらい人がいればもう少し騒がしくてもおかしくないような」
なんとなく顔を見合わせる。
「……気にしすぎですかね……」
「……私も疲れているのかもしれんな。皆早めに休んで明日に備えよう」
何度も来ている場所で、特に備えるようなものもないにも関わらず、なぜそんなことを言ったのか、会長自身にもよくわからなかった。




