52 ラッシャ商会
豪華な調度に囲まれて、男はうなっていた。普段大抵の事は即断即決すると言われている男だ。肩書は会長。それなりに大きな商会の会長を任されている。実際にはもちろん熟考することもあるし人に相談することもある。ただ、新進気鋭のラッシャ商会の商会長というのは世間からはそのようにみられている。
しばらく悩んだ挙句、秘書を呼ぶことにした。デスクの上の鈴を鳴らすと、すぐにドアがノックされる。それに軽く返事を返し、秘書が入ってくるとすぐに色々と省いた雑な質問を投げかけた。
「なあ、これどう思う?」
言いながら商会長は指に挟んだ手紙を秘書に渡す。ピッという音でもしそうな動きだ。それを受け取りさっと目を通す。
「バーデン伯の……サラ様?」
眉をひそめた。確か調査隊を率いて森で命を落としたとかいう話ではなかったか。秘書も当然その話は聞いている。
「文字も拙いですし、ご本人ということはないと思うのですが……ああ、なるほど封蝋が……」
中身がどうあれ、貴族の紋章の蝋風のされた封筒で届いたなら無視するわけにもいかない。ちなみに字が拙いのは固まった体のせいだがそんなことを彼らは知る由もない。
「一度お話がしたい、ですか……いかが致しましょう」
内容自体は大したものではない。
「バーデン伯のところには先月伺ったところだが、まああそこなら行っても無駄足にはならんだろう。というかそもそも正式なサラ様と直接のお取引というのも今までなかったことだし、これが本人であれ偽物であれ、何らかの話のきっかけにぐらいはなるかな」
そもそもこの手紙がなんらかの罠であったとして、自分あるいはその代理が辺境伯の屋敷に向かって、何らかの罠にかけられるというのも想像が難しい。彼らの常識の範囲においてそれは揺らぎようのない事実であった。
「“黒王の棺”だったかな、サラ様が調査に向かったというのは」
なんとなく、状況が不確定な気がして、命を落としたとは言わないでおく。気分の問題でしかないが。
「直接かかわることはないだろうが、何か起きた時のために人は雇っておこう」
「では、いつも通りの護衛のほかに魔術師を。黒王の棺について私の方で調べたうえで、人選は冒険者の店に任せる形でよろしいでしょうか」
会長も秘書も、本当に危険だと思っているわけではない。少しは奇妙な話もあるが、十分に呑めるリスクだと判断したうえで、念のための備えについて話しているだけである。それが正しいのかどうか、彼らにはまだわからない。




