47 吸血鬼の里
吸血鬼の里はユーグゼノの北東部、深い森の中にある。人間は隠れ里という呼び方をするが、彼ら自身は別に隠れているつもりはないし隠れる必要もないので、単に“里”と呼ぶ。彼らにとって森は活動の妨げにならず、人里からの距離もそれほど大きな意味を持たないため、人からそのようにみられていること自体気づいていない。
そんな里は今一人の吸血鬼の男に支配されていた。どこから来たのかわからないその男はアルカードと名乗り、“神祖返り”であると主張した。吸血鬼は神祖の血に逆らえない。神祖が去った後も、時折現れる“神祖返り”は、その血の呪縛が失われていないことを吸血鬼たちに思い出させてきた。
「とはいえ、オレのは神祖返りとは違うんだけどな」
アルカードは里長の屋敷でくつろいでいた。その力で支配し、逆らえる者は滅ぼした。唯一滅ぼせなかった小娘も捨ててきた。あの状態では死なないまでも谷底で乾いていくだけだろう。
「神祖の研究、ねぇ」
成果は不完全だと聞いている。それでも、さえない吸血鬼に神祖まがいの力を与え、最大の里を簡単に制圧させてしまった。
「オレは所詮モルモットだし、せっかくもらった力で好きにさせてもらうだけだけどな。結果をどう見てどう判断するとか、そういうのはオレの仕事じゃない」
きっと今もどこかで彼のことはモニターしているはずだ。しかしそんなことを気にしても仕方がない。気にしなくていいともいわれている。好きに行動すること。彼の思うがままに行動する、その行動の一挙手一投足が、研究のデータとなる。
「ただ副作用がなあ……オレって吸血鬼と言えるのかね?」
吸血衝動は完全に抑えられている。神祖が晩年そのような研究をしていたというおとぎ話はあるが、実際のところそれが成功したという話は聞かない上に、アルカードに対して行われた実験は神祖に近づくための研究の成果の一部を実際に適用するものであって、吸血衝動や、吸血しないことによる飢餓の対策等は含まれていないはずだった。にもかかわらず彼は血を欲していない。
「いちいち人間のところまで行くのも面倒だからいいけどな……その代わりなのか何なのか、吸血鬼相手の破壊衝動がな……」
彼の周りには何人もの吸血鬼が倒れている。さすがに自分の支配下にあるものを滅ぼすのは気が咎めるので、そのうち回復するだろうという程度にとどめてはいる。男女で言えば女が圧倒的に多い。
「女を殴る趣味とかなかったはずなんだけどな」
彼にはどこまでが実験の影響でどこまでが自分の隠れた嗜好だったのかを判断する手段はない。もしかしたらモニターしてるはずの連中にもその判断はできないのかもしれないな、とふと思い、そして倒れてる連中を見て一言つぶやいた。
「悪いな」




