46 魔剣チーシャ
王都の東方にあるユーグゼノには吸血鬼が住むといわれる土地がある。勿論吸血鬼というのはその地域だけにいるわけではないが、その地が特別視されるのは神祖と呼ばれる“はじまりの吸血鬼”の伝説の残る土地だからである。
ミーシャはその土地、吸血鬼の里に捨てられていた。吸血鬼の捨て子というのは珍しい。しかし吸血鬼はそもそも子育てをほぼ必要としない。自ら生きられるようになるまでのわずかな間少し手を貸せば後は自ら生きられる。吸血鬼が家族という単位を好むのはどちらかというと、血のつながりを単位とした家族というまとまり、その形に対するあこがれであるとも言われている。ミーシャは一人で生きられるようになるまで里の何人かの世話になり、そのあとは一人で生きていた。
そうしてある日、神祖の血を受け継いでいるという男が里にやってきた。とはいえ、神祖の血を濃く受け継いでいると自称する吸血鬼はそれほど珍しいわけでもなく、時折現れるものである。血に目覚めたのだと言い出すものもいれば、外部から来てご落胤だと言う者もいる。大抵はちょっと力が強い程度の小物であり問題にならない。
こういうことになるのも、神祖が滅びたという話がはっきりと残っていないこと。いまだに新たなご落胤を名乗る者が出てくるのも、ひょっとしたら神祖がどこかで子をもうけたのではないか、そういうこともあり得るのではないか、と思ってしまうためである。
今回いつもと様子が違ったのは、外から吸血鬼が実際に強かった点、そして彼の魅了によって大半の吸血鬼が彼につき、魅了の効かなかった残りの吸血鬼もほとんどは勝てないと思うと彼についた点。そうなってしまえばあとは、彼に従わない吸血鬼たちはほかの地に移り住むか、狩られるかを選ぶしかなかった。
ミーシャはどちらも選べなかった。内なる声が、その男を討てと騒ぎ続けたのだ。理由はわからない。ただ、血が滾っていた。自分の力はわかっている。ミーシャはたいして強くない。かつてミーシャを育ててくれた吸血鬼のうち、わずかな魅了されなかった人たちはミーシャを止めた。逃がそうとしてくれた者もいた。それでも抗えない声に突き動かされ彼女は戦いを挑んだ。勿論勝てるわけもない。一方的にボロボロにされ、そして滅ぼす価値もないと、谷へと捨てられたのだった。
「ほほう……それでここに落ちてきたと」
「そう。あの時は沸き上がる衝動を抑えられなかった。あの男を討て、という声が聞こえるぐらいに」
「では、討ちにいくか?わらわを見せればその辺の吸血鬼など自ら斬られに寄ってくるであろう。その男には通じるかどうかわからんが、それ以外の有象無象なら野菜を切るのとかわるまい」
「あの男につかなかったものは逃げるか、斬られた。残っている吸血鬼はすべて敵。全部斬ってあなたに血をあげる」
その目は刀から受け取った魔力で赤く光っていた。吸血鬼の血は味こそ魔剣の好みでないが、十分な魔力を帯びている。そしてその魔力の一部を魔剣は魔力と精気として返していた。その結果ミーシャはひとまず動ける程度に回復している。
「ところであなた名前は?」
「なな……いや、好きに呼ぶがいい」
「じゃあ、チーシャ」
「……少し気安い気もするが……まあよかろう。好きに呼べと言ったのはわらわじゃからの」




