45 ユーグゼノの吸血鬼
彼女は長い間谷底で眠っていた。人が通りかかることもなく、また、封印の布でぐるぐる巻きにされた彼女は時折目覚めても人を呼び寄せることもできないでいた。
「人の血が欲しい……こんなところでただ枯れていくのは嫌じゃ……」
目覚めるとそんなことを溢す。そしてしばらくすると意識を失う。そんな日々がもうずっと続いていた。これからもずっと続くのかもしれない、とも思っていた。そんな日々が突然終わりを告げる。戦って敗れたのか一方的に蹂躙されたのかは知らないが、人の通らない谷底に投げ捨てられたのだろう。満身創痍の女が落ちてきたのだ。
「おお……」
喜びに声が震えた。だが、その女が何者なのか気づくと少し声が醒める。
「なんじゃ、人間ではないのか。まあよい。この際吸血鬼でもかまわぬ。わらわを手に取れ……」
「なん……だ……?」
「なんでもよかろう。おぬし、誰にやられたのかは知らんが、このまま死にたくはないのであろう?復讐したい相手がいるのであろう?」
「復讐……したい」
「では、わらわを手に取れ。おぬしにわらわを振るう栄誉を与えようぞ。血を吸わせよ」
ボロボロになった吸血鬼はなんとか声の主の近くまで歩いていくと、それを手に取った。ハート形の鍔を持つ、意思を持った剣。
「この忌まわしい封印を解くのじゃ」
剣に巻き付いている布を解く。彼女には読めないどこか異国の文字がびっしりと書かれている。それを手に巻き付けるようにして解いていく。解き終えると美しい鞘が姿を現した。
「抜くがよい」
声に従い鞘から刀身を抜き放つ。怪しい光が広がった。
「わらわの刃を掌にあてよ」
吸血鬼の娘は逆らえない。刃を滑らせ、その血を剣に吸わせる。
「あっ」
力が抜けるのがわかる。立っているのがやっとだった吸血鬼は膝をついた。
「立て。わらわを振るう者がそんなことでどうする」
「でも」
「立て」
「……はい」
ただでさえボロボロだった上に手の傷から血と精気を吸われたのだ。本来なら立てるはずがない。にもかかわらず。
「やるではないか」
吸血鬼は立った。膝が震え、本当に立っているのがやっとではあるが。それでも
「あなたを振るい、復讐する。お願い。力を貸して」
その様子からは想像できないほどしっかりした声でそう言った。
「よかろう」
刀身が怪しく光る。精気と魔力が与えられる。膝の震えが止まる。
「小娘がわらわにどれだけの血を吸わせてくれるのか、たのしみよの」
「吸血鬼も、人も、亜人も。好きなだけ」




