43 マスターの記憶
ちょっとぼーっとしている。最初は寺院の回廊のようなところを歩きながら、何枚もの絵が通り過ぎるのを見ていた。そのうち気が付くと周囲の景色がその絵に描かれたものになっていて、子供のころ好きだった絵本、歩いた道、学生の頃よく行った店、時系列関係なしにいろいろな情景の中を歩いていた。途中から誰かとなりにいるような気がしてたけどあれはホタルだったんだな。で、子供の格好で家に帰ったら妹がいて、妹いたっけな、とか考えてたら一気にここに戻ってきた。深い土の中から急に引っこ抜かれた根菜みたいな気分だ。根菜になったことはないからわからないけど。ないよな。
「……で、なんか妹モドキの声がするんだが」
「モドキはひどい」
「マスター大丈夫ですか、妹モドキのせいで中途半端に記憶がかき乱されてるはずですが」
「……アシュ。アシュちゃん。妹モドキじゃなくてそう呼んで」
「誰?」
妹モドキいがいの情報がないんだから仕方がない。そういえば顔ちゃんと覚えてないな。あったんだっけ?
「アシュはこの城そのものだから……」
なるほど。あの場では違和感なかったけどたぶん顔は設定されてなかったんだろうな。って、城?
「マスターはアシュケローン城って聞いたことありますか?」
もちろんこの世界の事は知らない。確か似たような名前の地名があった気がするな……と思ったところで気付く。割と色々思い出せる。何故ここにいるのかとかそういいうのはわからないけど、子供の頃の事とか、仕事の事とか。
「何故みんなしらないのよぉ……レイダー王のことも知らないし……誰なのよ黒王って……アシュのこと棺ってどういうことなのよぉ……」
妹モドキ改めアシュがいじけているようだ。しかし俺はともかくみんな知らなかったというのも不思議だな。そしてアシュは黒王を知らないのか……まあアシュのことは置いておこう。そして……思い出したといってもなんか割と歯抜けな感じがする。骨になって目覚める前の名前も思い出せないしな……まあ困らないからいいか。あと、異世界知識でチートみたいなこともできる気がしない。ああいうお話の人たちはみんな賢いんだよなあ……俺なんか気になったことだけネットで調べて、用が済んだらすぐ忘れる質だったから、俺自身が覚えてることってそんなにないと思う。あ、そうだ。
「一個思い出してすっきりしたことがあるぞ。サラはキョンシーっていうアンデッドで、俺は映画……劇みたいなのをみんなで見る娯楽があるんだが、それで見たことがあった」
「なるほど、マスターが死霊術師だったわけではないのですね」
「そういう能力を持った人はどこにもいなかった。少なくとも俺の知ってる限りでは。そういうのはお話の中だけだったよ」




