41 緊急脱出
マスターと並んでみたことのない町を歩いていた。見た目は小さな子供だし、その子がマスターだとわかる理由は何もないはずなのに、その子がマスターだということは何故かすぐに理解できた。
「はい、大丈夫です。マスターの隣を歩いています。同じものが見えていますか?」
マスターはぼんやりと歩いている。このままで大丈夫なんだろうか。
「たぶん同じものが見えてると思うわ。イライザちゃんの記録も順調。そのままマスターについていてあげて。こちらはちょっと取り込んでるから落ち着いたらまた声をかけるわ」
アリシアさんが取り込んでいるというのは、もしかしてとんでもない状況なんじゃないかと心配になる。だからといって私にできることは今はない。マスターについていろいろなところを歩いて回る。夢の中みたいな感じで、時々マスターが大きくなっていたり、周囲の景色が大きく変わっていたりする。どんなふうに景色が変わっても、それは私の知らない国、知らない町。マスターはいったいどこから来たのだろう。
「あっ」
景色がまた大きく変わる。夕焼け空、あかりの灯った家、壁は何でできているのかわからないし、あかりも私が知っているものよりずっと明るくて、でもきっとそれが特別じゃないんだろうなとわかるのは、どの家も当たり前のように明るいから。裕福とかお金持ちとかそういうのじゃなくて、文化のレベルが違う、そんな感じ。立ち並ぶ家の一つにマスターは入っていった。そっとついていく。
「ただいま」
マスターが知らない子供の声を出す。この世界で初めて聞くマスターの声は幸せに育った子供のものだった。世界が違ってもそういうのはあまり変わらないのだろうな、と思うと同時に、私たちにはなかったものだなと思うと心のどこかに痛みが走る。
「お帰りおにいちゃん」
ん?何かがおかしい。私は前の子供を見る。見た目はこの世界で見た子たちと同じような恰好。ちゃんと馴染んでいる。そう。馴染んでいる。私たちと同じ世界の存在が、そこに、キレイに馴染んでいる。彼女は私たちの世界に属するものだ。
「あなた誰?マスターの記憶の住人じゃないでしょう」
マスターの世界の、知らない材料でできた家の中で、その子の立っている床だけが、私がさっきまでいた城の床に変わっている。
「だれって、あなたこそ誰?お兄ちゃんの何なの?」
「あ!マスターの記憶に干渉して、初めましてではなく久しぶりとか言うつもりですね!」
私はたしかにマスターに会ったばかりだけど。それでも、さらに後から来て前から知ってたような顔をされるのは気分が良くない。なのでつい大きな声が出てしまった。
「だれ?」
マスターがはじめて私を認識する。まずい。
「あー、そっちにも干渉してたのね!ごめん!」
アリシアさんの声がする。
「マスターと手をつないで!急いで!」
「なっ、何をする気よ!」
自称妹が慌てる。誰かはわからないけどアリシアさんが把握してるならきっとなんとかする。あの人わけわかんないくらい強いし。マスターのこと好きすぎるし。だから
「わからないわ!」
正直に答えて、マスターの手を握る。やわらかい、子供の手。ちょっと笑いがこみ上げる。えっちな骨のマスターもいいけど、子供のマスターもかわいい。
「そおい!」
掛け声とともに、一気に引き抜かれる。家の構造とか、天地とか、世界の構造とかと無関係な方向へ。
「まちなさい!私も帰る!!」




