38 無権限フィオナ
最大の国家である“王国”には固有の名前がない。王都、聖都を含め大小さまざまな都市を抱える巨大国家ではあるが、だからこそ彼らは自分たちの国家を国家と認識するのが遅かった。彼らにとっては自分たちの領域の外にある様々な町や村の集合体が国だったのだ。ゆえに今でも彼らは必要に応じて我々、または我が国という表現を使うが、固有の名前を持っていない。外部からはただ“王国”と呼ばれることが多い。もちろん王を戴く国家は他にもあるが、ただ王国と呼べばそれは一つの国家をさすことになる。
王国が認識している“国家”は二十七。そのうち神殿のある国は十八。二十七か国が王国から見た世界の範囲であり、その中でいわば“先進国”と認識されているのが十八か国ということになる。とはいえ十八か国すべてと国交があるわけではない。先のカルドもそうだが、いわゆる宗教外交でのみ交流のある国が半数近い。
「とはいえ今回は、お付き合いがないので知りませんというのもお互い難しい話になったわねえ」
地下から戻ったフィオナは執務室に戻ると、雑に彼女の椅子に身を投げ出した。
「向こうの神官が悪霊見物に来て死んだって話だけなら神殿同士の話で済ませられたのだけど……」
悪霊見物の理由、ありえない力で蹂躙された神官隊、消えた悪霊。特に見物の理由はすべて開示されていたわけではないがある程度は見当もつく。そして話は聖都や地方都市の神殿だけでなく王都のいくつかの機関を巻き込んでいる。
「どっちかというと向こうに頭下げさせたいところだけど……宮廷にも相談するしかないかね」
宝剣を身に着けていないと妙に心細い。今の彼女は権限を地下の彼女に預けたままである。今彼女がことを起こせば、それはカルド国教会の意思となりすべては帝の意思ということにもなる。
「調べ物が終わって宝剣が返ってこないことには、私には何もできないけどねえ」
彼女が何を、または誰をどのように使って死体を調べ上げるのか、フィオナは知らないし知りたいとも思わない。もちろん多少のうわさは聞いているし、フィオナの表の権限でも知りうる範囲については知っている。しかし宝剣を預けている間はその権限のすべては地下の彼女のものであり、自分のものではない。そこは弁えている。本来なら執務室にいることすら場違いなのだが、それは別途“宝剣を持たないフィオナ”に特別に、最低限の移動と待機のための許可が与えられている。わずかな時間ではあるが今この時に限り、ドアの外に待機しているフィオナの側近は側近ではなく監視としてそこに立っているのだ。
とはいえ脳内にある情報やそれを使った思考まで権限管理はできないので、フィオナは必要になる各所への連絡や調整について考えを巡らせることにした。
「一時間は長かったかねえ……」




