36 神殿勢力の憂鬱
「カルドに渡った例の神官長達が、現地神官部隊もろとも全滅したそうですよ」
そう告げられ、ウトバムは目を見開いた。関係はなかったはずだ。しかし。
「カルドの神官たちは悪霊のエキスパートと聞きましたが」
少し複雑な感情を込めて問う。土着の信仰、儀式、方術、そういったものを取り込んだカルドの信仰は、表向き同じ神を奉じる者として扱われるが、あまりよく思わないものは多い。それほど熱心な信者でなくとも、あるいは熱心ではないからこそ単純な異国の文化に対する感情を隠す表向きの理由にも乏しい。
「勝てなかったのですか」
「我が国の神官長も同行しながら、ね」
上司も信仰心が篤いタイプではない。どちらかというと、聖都を擁する大国への帰属意識を自らのプライドに無邪気に内包しているというところか。ウトバムはそういうプライドも薄いのでどうもこの上司の言うことがわからないことがある。が、わからないなりに合わせるのが組織人としての生き方である。面倒だとは思うが。
「カルドに行ってみるしかないですかね」
◆◆◆
フィオナもまた、頭を抱えていた。彼女はカルド国教会、カルド国で神の教えを伝え信者をまとめる神殿組織いわば総本山の、筆頭祭司つまりトップである。
「手掛かりがないのよねえ……悪霊たちは本当に黒王とやらに連れ去られたのかね?」
「証拠は何もないのですが、本国の神官はともかく、あの程度の悪霊相手に我々の神官隊が手も足も出せずに全滅し、悪霊の行先もつかめないなどというのも考え難く……」
悪霊との付き合いの長い土地である。何の対策もなしに乗り込んできた本国の神官どもを守りながらでも、発生時期も素性も明らかな生まれたての悪霊相手に手を焼くことすら想定していなかった。
「まあ普通に考えたらないわね。気の流れも良くないなりに安定してる。よほどの恨みを持った死体をよぼど狙いすまして良い場所においても、まあ中の上くらいの悪霊になるのがせいぜいでしょうしね。それにしてもこちらで死んだ本国の神官の扱いもちょっと面倒ね」
内心あまり敬意を払っていないとはいえ彼らが本国と呼ぶ、聖都の神殿組織に連なる神官たちである。何も言わずに死体を送り返すというわけにもいかない。フィオナは無意識にテーブルを指先で叩いてトントンと音を出している。
「ちゃんと扱わないと色々面倒よね……」
葬儀は国教会で執り行う。ほかの場所は考えにくい。仮にも神官長だ。カルドでそれなりの格を持った神殿というのも他にない。そして招待するにもお悔やみに多少の調査結果は添えないと形にならない。
「うちの武装神官達の遺体だけでも少し調べてみるしかないわね」




