32 聖なる木乃伊
死霊王がなんなのか教えてくれないまま、アリシアは俺が死霊王になると宣言してしまった……どうしよう、心の準備が。
「アリシアさん張り切ってますね」
イライザが後ろから俺に抱き着きながら話しかける。これはこれで気持ちがいいんだが、玉座が邪魔だな。せっかく全裸なのに。ところでイライザは外出するとき服を着せておくべきなんだろうか、このままでいいんだろうか。
「外出するときは服を着るものだ、と知ってはいますが、マスターはどちらがお好みでしょう?」
「裸で連れ歩く趣味はないかな……」
そもそも出歩きたいと思わないんだよなあ……それで今回の件もアリシアに任せてしまった。サラはまだどこかに出かけるには不安があるし、イライザもサラほどではないにしてもまだ未完成だ。
「服装についてはまた考えておくよ」
◆◆◆
「はいそうですかと悪霊を渡すわけにはいかん」
武装神官の一人がなんとか声を出す。声は震えているし、顔には色がない。それでも彼はその信仰とプライドによって、自らを支えていた。
「そうですよね、知っています。特にこの地の神殿はその傾向が強い」
神殿がその力を伸ばす前からこの国の民は悪霊と戦ってきた。土着の信仰の中にあった悪霊退治の術のいくつかは形を変え神殿の信仰と混ざり合って今ではこの地独特の魔術様式として成立している。武装神官の武器や防具のデザインが違うのは単なる意匠の違いではない。
「でも私はマスターに悪霊をお連れすると言ってきたので」
「勝手に決めないで」
「行くなんて言って」
「うるさいってば」
うっかり緩めていた黒いもやでもう一度強く締め上げる。
「あなたたちには聞いてないの」
横暴である。無茶苦茶である。
「だから渡さないと」
声を上げた武装神官が倒れた。そろそろアリシアは我慢の限界だった。サイネスが顔を伏せる。彼にはこの後起きることが予想できてしまった。せめて祈りを、と思ったと同時に聞こえてきた声に身を震わせる。
「神に仕えることに喜びを。すべてをささげることに喜びを。我々のなかの誰もが、それを行うことができるのです」
それは神官なら、あるいは信者なら知っている、教典の一節。それを神官服を纏って、骨と皮しかない体で、あの鉄錆をこすり合わせるような声で。やめてくれ。それを美しいと思う自分を止めてくれ。
「ならばなぜそれを躊躇うでしょう。我々は生贄ではなく、自らの意思でそれを行うのです」
そうだ、あれは聖女になるかもしれなかった身体だ。その知識は神官の枠を超えていた。それが。いろいろな思いが沸き上がる。
「結果に悩むことはありません。その在り方が我々の行く先を示すのです」
神官が次々に倒れる音がする。もうやめてくれ。自分の意識を終わらせてくれ。
「幸いなるかな。幸いなるかな。幸いなるかな」




