29 予感
悪霊騒ぎのあった国は隣国ではあるが正式には国交を結んでいない。もちろん国と国のそんな事情はお構いなしに辺境の小さな集落同士などは多少の交易を行っていたりするが、国として、あるいは地方領主などの貴族が貴族として、国を超えて大っぴらに何かを調査するというのは難しい。しかし神殿は国家とは関係なく信者同士のつながりによって成り立つものであるし、そういった超国家的組織が身元を保証しているということにもなるので、神官は国境をまたいだ移動だけでなく移動先での行動についてもそれなりに自由であるし場合によっては現地の治安機構のサポートも得られる。とはいえ、さすがに重武装した神官の集団を入国させるのはあまり地元の感情や国家間のメンツの上でもよろしくないので、今回は少数の調査チームのみ入国させ、実際の調査なり、討伐なりを行うのは現地側の神官と協力することになる。
「とはいえ、これはこれでこちらの神殿の神官たちも複雑ですよね」
地方神殿の神官長を勤めていた男の顔がそこにはあった。神官長の肩書は剥奪されていない。ただ、悪霊事件の解決と、神殿で発生したミイラとのかかわりの調査が終わるまで、神殿には神官長代行が置かれている。
◆◆◆
もちろん現地側は複雑なんてものではなかった。身体を張るのは自分たちで、いくら聖都がある国とはいえそこの地方神殿の偉い人程度が手柄のために形だけ指揮を執ると聞けば反発しか生まれない。
「単なる悪霊の話になんであっちの神官が出てくるわけ?」
「どっかの神殿の神官長やってたって話だけどさ」
「一応肩書は今でも神官長らしいぞ。
「それがこんなところで何やってるんだ」
「あれだ。神殿内でミイラが出た話。武装神官にも犠牲が出たとかいう。あの神殿から来たらしいんだわ」
「えー、じゃあなにか、俺らの指揮して、ぼくちゃんアンデッドやっつけたでちゅー、神殿に帰らせてくださいバブーってか?」
「ここらで発生した野良の悪霊相手にしたところで、そんなの関係ないだろう?」
その神官長が一応挨拶をというのでわざわざ集められたらそれはもうネガティブな噂話で盛り上がるに決まっている。
「そりゃそうですよね……私だって同じ立場ならそう思いますよ」
挨拶の準備をしながら、ざわざわと漏れ聞こえてくる会話を聞くと話に聞いていたが、やはり予想通りである。
「でも挨拶しないともっと印象悪いでしょうしね……」
胃が痛む。尤も、あれ以来彼の胃は痛みっぱなしなのだが。さらに。
「それに……関係ないという話でしたが、なんとなく、あの子は来るんじゃないかと思うんですよね……啓示とかじゃなくて、単なる勘ですけど……」
(予告BGM)
外れてほしい勘というのは、だいたい当たってしまうもの。割り切れる気持ちもあれば、割り切れない気持ちもある。
祈りが常に通じるならきっと神殿なんて必要ないのでしょうね。
次回、乱入。死霊王に、俺はなるっ!




