27 黒王と悪霊
聖都からわざわざ辺境伯領まで来て何泊もして、手ぶらで帰るわけにもいかない。せっかく調査対象そのものが目の前にいるのだから、多少なりとも情報を聞き出しておきたい。それなりに自分の責務に忠実な男がそう考えたのはそれなりに自然なことだった。それに、聞き捨てならないことも言った。マスター、と。
「あなたのマスターというのは……黒王の棺に?」
どう聞けば相手の機嫌を損ねないのかわからない。目の前にいるのは神の加護を与えられた鎧をばらばらにする、あるいはそれなりの魔術師程度であれば抵抗もさせず壁のしみにかえてしまえるような力の持ち主のはずなのだ。
「ええ。私たちもそこに」
それはつまり……拳を強く握りながら質問を続ける。汗がにじむ。
「黒王は復活したのか……ですか?あなたのマスターというのは、あの黒王なのですか?」
質問に乗せた絶望的な気分は、意外な形で裏切られた。
「あの、というのがどのような意味かはわかりませんが、マスターをあのようなものといっしょにしないでください。もうよろしいですか?」
ミイラの表情が不愉快そうにゆがむ。少なくとも男にはそのように見えた。ミイラの表情などわからない、そう思いたい。きっと彼女の言うあのようなもの、というのは男の口にしたあのとは意味が違うだろう。しかしそこを掘り下げるのは危険に思えた。
「すみません、あとひとつだけ、お聞かせください。隣国の悪霊については何かご存じですか?」
知っていたとしても、それがマスターとやらの先兵だとしても、だからといって何ができるわけでもない。しかし、自分のところに情報が来ている以上できればこれも聞いておきたかった。それに、知らない、無関係だと言ってくれれば多少は安心できる。
「悪霊?そんなものあちらにはいくらでもいるのではないですか?」
あの双子の悪霊について特別な何かは無さそうだ。男は安堵する。悪霊の方は武装神官が対処するだろうが、この規格外のミイラも、そのマスターとやらも手出しはしてこないだろう。念のため付け加えておく。
「いえ、神殿の方でなにやら対処するようなのですが、その、マスターという方と関係があるようであれば止めなければ、と」
嘘ではない。マスターはともかく、このミイラを敵に回すようなことになれば神殿もただでは済まない。しかしどちらかといえばこれは、できれば手出ししないで欲しいというメッセージでもあった。関係ないのでしょう?神殿はこういう動きをしますが放置してくださいね、という。ただ、それなりに拮抗する、あるいはせめて暗黙の了解を破れば損をする、させられるという力関係でなければあまり意味がない。いわば気休めである。
「お引止めして申し訳ありませんでした。穏便な訪問に感謝を」
(予告BGM)
かつて城の主であった黒王は人類の敵として勇者と対峙した。
人類の敵は人に討たれる。では災害ならば?
次回、死霊王。死霊王に、俺はなるっ!




