22 辺境伯
「だから面倒は嫌だって言ってるんだけどなあ……」
辺境伯からの報告は割と絶望的なものだった。黒王の棺に何らかの異変あり。調査隊は帰らず。調査隊長は辺境伯の娘だったらしい。地方貴族は割と息子や娘を調査や警備のトップにすえて多少なりとも箔をつけようとすることがある。今回はその目論見が外れたというところか。
「しかし黒王の棺に変化があったなら、さすがに放置できないんじゃないかなあ」
そういいながら別の報告書を手に取る。こっちは神殿の調査を担当する部署からのレポートおよびクレームの束である。少し強引な調査だったらしい、と苦笑する。なにせ神殿内部で“発生”し、神の加護を解除あるいは無効化して武装神官をバラバラにできる、神官服を着たミイラである。しかもミイラになった女性神官は聖女候補にまで挙げられていたという。これで神殿の関与は何一つありません、というのを信じろと言われても難しい。神殿の秘密兵器がコントロール不能に陥った説、聖女候補を巡る何らかの陰謀説、どちらも自然発生説よりはよほど説得力がある。
「せめて黒王の棺の調査が少しでもできていれば……」
秘密兵器にしろ謀略にしろ、ミイラ化した神官が黒王の棺に向かった理由は説明できない。まして、そこに向かったミイラが別の地方の研究所を襲撃して複数の死体をつなぎ合わせたものを連れ去った、となるとまったくもってお手上げである。何が言いたいのかわからない。正直なぜ自分がこんな良くわからない話の担当になっているのかもわからない。
「しばらく出張かね」
娘を失ったばかりの父親に話を聞くのも気が重いが、とりあえず近くに行って実際黒王の棺を見てみないことには話が始まらない気がしていた。部下にいくつか指示を出す。
「この季節何が旨いんだろうねぇ」
◆◆◆
バーデン辺境伯、と呼ばれることが多い。地方貴族であり、黒王の棺から最も近い領地を持つ。何代か前まではそれなりに真面目に黒王の棺についても調査を行い、こまめに地図に結界の位置などを書き込んでいたようだ。しかししばらくその位置に変化もなく、見た目も何も変わらないので、最近は、少なくとも父と祖父の代は調査隊というのは調査隊長という名誉職を任じるための方便になっていた。慣例に従い娘を名誉職につけて送り出し、戻ってきたらその実績をもとに中央に表彰の申請をし、それを以て少しはマシな貴族に嫁がせてやる、ついでに自分もちょっとした実績を手に入れる、その程度の話だったはずだ。それがなぜか娘を失い、中央から調査官が来ることになっている。自らの招いた二重の失敗から、それだけでなく娘を失った衝撃から彼はまだ立ち直れないでいた。




