14 イライザの自我
イライザのイライザとしての主観的な“記憶”は、実験台の上に置かれている記録水晶からはじまる。記録水晶が魔力的に始動してから、そこに肉が追加されていく過程、魔術的接合、それなりにヒトガタと呼べる形を取るに至るまで、ヒトのように周囲が認識するずっと前から彼女の記憶は始まっている。ただ、そのころ自我と呼べるものがあったのかどうか、今の彼女には判断できないでいた。そのときどう思ったという記憶はない。ただ覚えているだけだ。少なくともアリシアに声を掛けられるまでのイライザの記憶には、何かに対する判断や反応といったものは存在しなかった。
「おはよう、イライザ」
声の主はそれまで周囲にいた人たちとは決定的に違う見た目をしていた。能力も違った。力の質も違った。何もかもが違った。すごいと思った。そして、アリシアに連れられてこの城に来たのだ。
「マスター……」
マスターは、アリシアよりもっと骨だった。服もほとんど着てなかった。そして、抱きしめられ、体中をその骨の指で撫でまわされ、そしてマスターの魔力にすべてが入れ替えられた。
「あれは何だったのかしら」
イライザの魔術回路には、主観的な記憶を保持する記録水晶のほかに、様々な知識を事前にセットした補助的な記録水晶も接続されている。起動してすぐに人の役に立つように、役に立つところをデモンストレーションできるように、設計者の男が様々な情報を準備しておいたものだ。しかしマスターのことも、マスターの行った行為も、彼女の知識では判別できないものだった。その後アリシアの行った魔術回路の再構築も、彼女の知識からするとあり得ない、それこそ“魔法のような”何かだった。動作を維持しながらより簡潔に書かれ、より省力化されたそれは、イライザがイライザであることを変えずに魔力効率を格段に向上させていた。
「私が私であることを変えずに……変えずに?」
変わるとは何なのか、連続性とは何なのか、自我とは何なのか。そんなことはそれが芽生えてまだそれほど日のたっていないイライザにはあまりにも難しくて、しかし気になる問題であった。
◆◆◆
ネクロマンサーの男が何人もの死体を集めてなにやら冒涜的な実験を行っているらしいという匿名の通報を受け、警備隊が聴取のため地下の研究所を訪れたところ、首のない男の死体と、形をとどめていない助手達のなれの果て、そして研究資料の類を発見した。しかし実験が行われた形跡はあるものの成果物は存在せず、扉が外から破壊されていたことから、成果物は自力で逃げたしたのではなく何者かに奪われたものと現場で結論づけられた。
「面倒は勘弁願いたいんだけどね」
本来聴取を担当するはずだった男がぼやく。匿名とはいえ通報の内容から、助手、または助手を務めたことのある人間からの通報だろうとは予想している。金のために仕事を受けたがその内容に耐えられずに通報したのだろう。
「しかし、これをやったのは、そういう類の人間じゃないよなあ……」
通報者よりも、ネクロマンサーの男よりも、もっと面倒な存在を予感して、彼は心底げんなりしていた。




