マスターはここがどこだかわからないようです
はて、困った。俺は町を外から眺めて、割としっかり困っていた。自分が何故ここにいるのかがわからない。
名前は思い出せる。持ってたIDに書いてある名前も記憶と一致しているので多分俺のものだ。確か自分の魔力に反応するんだったな、と思って魔力を流す。認証OKのサインと、いくつかの追加情報が表示される。そこでふと思う。魔力って何だ。
日本の地方都市、あるいは半端な都会で、ボチボチ仕事してた俺が魔力?ギルドカードみたいな何か?ファンタジー作品にあまり触れてこなかったのが少し悔やまれる。そして、少し離れたところにある、しっかりした壁に囲まれた町。あの向こうが町だということを俺は知っている。何故か知っている。行ったことある気すらしてくる。
いろいろ不安はあるが、このままここで突っ立っていても始まらない。まずは町に行くしかないだろう。情報収集って奴だ。たぶんこのギルドカードみたいな何かを見せれば入れてくれる、そんな気がするし。
「はい、次の方」
特に何のイベントもなく町に入れてしまった。どうやらこのカードが口座に連動してて、そこから入町税が引かれるらしい。実際にはその場で口座から引き落とされるというよりクレジットカードのような仕組みなのかもしれない。その辺はいまいちよくわからなかったがそのうちどこかで聞いてみよう。カードがなければ小銭で払うようだ。何にせよ、見た目の割にハイテクな世の中だ。
俺はいろいろわからないことだらけだし、宿を探すのも大変そうなので、このカードを発行しているらしい、冒険者の店というやつにまずは向かうことにする。きっと日銭を稼ぐ手段と飯くらいは何とかなるだろう。宿についても聞けたら聞いてみよう。
「あら、お久しぶりです」
冒険者の店の受付嬢は俺のことを知っているようだった。しかし俺はこう答える以外にない。
「どこかでお会いしましたっけ?」
とはいえそもそもこの町の外にいたあの時より前の記憶が無いのだが。いや、無くはないが連続していない。俺はこんな町も店もカードも知らない。
◆◆◆
「マスターの記憶ちょっと消しすぎじゃないかなぁ」
「大丈夫でしょう、マスターですから」




