138 アバンはエルシャに吸血鬼を見せるようです
アバンツァードは目の前の男を測りかねていた。錬金術の論文には宗教的禁忌を扱う者も多くある。これまで会った神官達は、錬金術から有意義なものを得たいとは考えていても、そういうものは避けていた。あるいは明らかに眉をひそめていた。だがこの男は、そういったものにこそ目を輝かせる。
「神の作りたもうた世界に、神の御業でないものがある訳ないでしょう?私に言わせれば、禁忌を定義すること、それ自体が神への冒涜ですよ」
故に彼は人の持ちうるすべてを使って、聖女を再現するのだという。そのためなら人も天使も切り刻んで。
「なるほど。であれば……ちょうど良い素材があるのですよ」
よくはわからないが、この男ならおもしろい使い方を思いつくのかもしれない。アバンはそう考えた。軽く話を聞いただけでも、量産聖女の問題のうち、人の強度の問題くらいは解消できそうだ。そう、吸血鬼を素材に使うのであれば。
「ほう……一度見せていただけますかな」
もちろんエルシャに否はない。たとえ直接使えるものでなかったとしても、今までに見たことのないもの、知らなかったこと等に触れ、新たな閃きを獲るためにここにいるのだ。アバンに促され、立ち上がるエルシャ。その目はどこまでも純粋である。ああ、こちら側の人間だ、とアバンは判断する。今まであったことのある神官達とは別の、世の多くの人間たちとも別の、あるいはこの町にただ学びにきた人間とも別の、塔の住人側の存在。この男にはきっと、神殿は狭すぎる。
「おお……これが、これが本物の」
アバンが開けた扉の向こうに蠢くものを認め、エルシャが声を漏らす。
「何らかの処置を受けているようで、血を吸わないのですがね」
「血を吸わない?吸血鬼が?」
エルシャが首を傾げる。
「吸血鬼の里で、他の吸血鬼を嬲ることで食欲を満たしていたようです」
エルシャの頭の中で様々な計算が走る。これはまさに天の配剤なのではないか。暴力装置たる聖女にとって、無限のエネルギー源たる存在。
「まさに、幸いなるかな!この吸血鬼、解き明かせば我が聖女の重要なピースとなるに違いないですぞ!」
猫又と唐傘お化けが未来都市を行く短編シリーズ、書き始めてます。宜しければ見て行ってやって下さい。
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