137 しばしの別れ
「で、考えたわけです」
アリシアの顔が近い。
「マスターの元の世界での記憶も、こちらでの記憶も一旦お預かりしようと思います」
なんだって?
「マスターの魂を死霊王の座に対応させるのに、強度は十分なのですが……」
あいかわらず説明が難しい。要するに今の俺では足りないので、人として修行をしてこいと言うことだろう。それはわかるんだが、一旦記憶を預ける?
「私やアシュ、キリタチの街、そういったものは人としてのマスターにとって、便利すぎますし、保険になってしまいますから」
なるほど、
「大丈夫、わたしたちはマスターのものですし、時が来ればマスターはかならずここに帰ってくるはずです」
「私たちはここでマスターの帰りをお待ちしながら、準備を進めておきます。マスターは、一旦人として、好きに生きてください」
好きにといっても特に何がしたいというわけでもないんだが……しいて言えばここでみんなを見てるのが楽しいというのはあるが。
「案外、ここの記憶を一旦手放してみれば、マスターの人としての欲がはっきりするかもしれませんね」
そういうものかなあ……いや、別にアリシアのやろうとしていることを受け入れないわけじゃない。少しの間、人間サカモト・ユータローとして生きることもそれなりに楽しみだ。ただ、アリシアが何か他に隠していることがありそうな……
「あ、サラが準備ができたようですよ。下に行って簡単な説明を受けてきてください。そのあとは記憶水晶をお預かりして、街の近くに転送しますから」
◆◆◆
「隠していること、ですか。マスターはやっぱりマスターですね」
眠らせたマスターを目的地に転移させた後、アリシアは空の骨の体の座る玉座に目をやりながら呟いた。股間は淡く光っている。
「どの程度ごまかせるかは、あまり分の良くない賭けなんですけどね……」
「その割には勝つ気マンマンのようだぴょん」
音もなく入ってきたラパンがアリシアの独り言に応えた。
「マスターを取られるわけには行きませんから」
「マスターさんの記憶はどうするんだぴょん」
「イライザ二号が全力で解析するわ」
しれっと言うアリシア。ラパンももちろん初耳である。当然聞き返す。
「二号だぴょん?」
それに対しアリシアはあまり特別なことでもない風に答えた。
「ええ。イライザちゃんの記憶と演算機能を大型の魔力回路にコピーして、アシュの”地獄の釜“の力で動かすの」
それだけのものなら二号とは呼ばないのではないか、ラパンはそう思ったが、それ以上深く聞く気になれなかった。そのことを後でラパンは後悔することになる。
一旦ここで第一部完とします。
第二部、冒険者編はそのうち書きたいと思っています。
短編シリーズ「猫と傘」もよろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/s5608g/




