136 そしてエルシャはアバンと出会う
「神官が塔を目指している、ですか?」
アバンが首を傾げた。神官がミノンに来ることは珍しくない。図書館に用がある者もいれば、聖典の解釈について、あるいは古代語の翻訳、文法について、時には神聖魔法の機序について、専門の研究者に話を聞きに来る者もいる。が、それはあくまで客としてである。神官は研究者にはならない。お互いに別の生き物だと思っている。特に嫌ってはいないが、いや、神官の中には塔の研究者を嫌うものも多いのだが、それは置いておくとして、そもそもお互いの人生というのは交わりようのないものなのだ。ちなみにアバンは信仰に経緯があるフリすらしない上に半端に有名人でもあるため、大抵の神官に嫌われている。
「……面白そうですね」
わざわざ塔で研究したい理由を持った神官。きっと神殿でまともに祈っているような連中ではないだろう。そうアバンは考えた。勿論それは正しい推察である。
「うちで拾うことはできそうですか」
「そうおっしゃるかなと思って、一応声はかけてあります」
アバンの助手を務めるような人間もまた、少し変わっているのだろう。
◆◆◆
「神秘を体現するもの、ですか?」
応接室と言って差支えないだろう、客を迎えるための部屋で、アバンはその男と対峙していた。
「神官なのですよね? こう言うと失礼に当たるかもしれませんが……神殿の方はあまり塔に興味を持たれないのかと」
「ええ、ええ。あの愚物どもは神の奇跡を理解せず、大昔に書かれた聖典を頼りにただ眺めて喜んでいるのですよ」
「あなたは、その。神の奇跡の理解を望む、と?」
アバンの手がぴくりと動いた。
「あなたがた塔の住人は、世界のすべてを明らかにしたいのだと聞きました。我々も神の作りたもうたこの世界を、明らかにしたい。そしてその御業を再現したい」
エルシャは少し腰を浮かしながらさらに続けた。
「神は世界も、神の奇跡も、その仕組みを明らかにすることを禁じたりしていないのですよ。人が勝手にそれを恐れ、敬い、知ることから遠ざかる。我々からしたらそれこそが冒涜なのです」
「なるほど、故に、神秘を体現するもの」
出発点は違えど目指す者は同じ。アバンはそう捉えた。自分たち錬金術師はそこに神を見出さない。彼ら神官は神ありきで物事を捉える。しかしどちらも突き詰めれば、あるいは行きすぎれは、世界の成り立ちを詳らかにし、その知見を以て新たな技術を確立したい、そういう欲求にたどり着くのだろう。少なくともアバンはそう結論付けた。勿論それは目の前の男にのみ適用される理解だったのだが。神秘を体現するものの中にあってさえ、エルシャは異端であった。が、アバンにはそれを知るすべはない。
「面白いですね。うちで受け入れましょう」




