13 アリシアのアイデンティティ
アリシアは考え込んでいた。アリシアには記憶がある。そういう意味では人として生きた人生の続きを生きているように自分では思っている。にもかかわらず、彼女には人としての自分の行動原理が理解できないでいた。もちろん何故そうしたかを“知って”はいる。知識をつなぎ合わせて理屈で説明できるという意味でなら理解はできる。しかしそれが自分の判断であるというのはどうにも据わりが悪い。
「知識をつけ、神職としての地位も手に入れ、地元に自分の神殿を建てて、地元を豊かにする……」
声に出してみる。あまり楽しそうではない。でもそれが過去のアリシアの行動原理である。その結果様々な知識を持っているし、術も使える。いわゆる神聖魔術と言われるものも術理がわかる以上妨害や解除ができ、不快感にさえ耐えればある程度なら自分で使うこともできる。その点では彼女は過去の彼女を褒めてやりたいとも思う。ただそれは
「だってマスターに役に立つし……」
あくまでマスターの役に立つ自分でいられる、というのが大きな理由である。そもそもマスターと縁がつながったのも彼女の魔法技術の高さ故である。思い出すと少し顔が赤らむような気さえしてくるがもちろん気のせいである。ミイラである彼女の頬に赤みがさすことなどありえない。イライザなら赤くなるのだろうか、と、ふと考えてしまう。ちなみにイライザの心臓は動いていない上、血液の代わりに防腐効果と魔力伝達を期待した薬液を通しているのだが、その色は赤ではないのでやはり赤くなったりはしない。二人ともドキドキだのトゥンクだのといった擬音とも無縁である。
「イライザちゃんか……」
連れてくるときに握った手は柔らかかった。魔力も十分にある。色違いの目もなかなかかわいい。ふと男のつぶやきを思い出す。
「でもイライザのほうが……」
あの時は名前にしか興味がわかなかった。今になって、男が何を言おうとしたのかが気になる。イライザの方がどうだと言いたかったのだろう。それを知ってどうなるというものでもないのだが。
「生き続けていたら、以前の“アリシア”であれば、こういうときどう感じたのかしらね」
神殿に居続けていたらそもそもマスターにもイライザに出会うこともなかったわけで、その仮定にもあまり意味はないのだが、今のアリシアは過去のアリシアという存在と自分の違いについてついつい考えてしまうのだった。




