127 エルシャの新生活
エルシャはミノンの初学者寮に入っていた。
「エルシャ様がまさかこのような……」
補佐官が驚いていたがエルシャにとってはそれほど驚くようなことでもない。もちろん錬金術の知識が皆無というわけではないエルシャだが、どちらかというと断片的な知識をつまみ食いして彼の研究に役立てていただけで、体系だった知識として学んだわけではない。郷に入りては郷に従え、錬金術師の学問の最先端を学ぼうと思えば、彼らの知識体系事取り込む必要がある。少なくともエルシャはそう考えた。ちなみに補佐官は従者ということにして同じ寮に入っている。
「とりあえずここに居れば大図書館の蔵書も読めますからね」
「確かにそれはそうですが、しかし初学者というのは……」
「何も恥ずべきことはありません。実際初学者なのですから」
「若者に交じって講義を受けるのも、ですか……?」
「勿論です。それに私と違って前提知識を持たない若者たちがどのように講義の内容を咀嚼し理解するのか、良いサンプルになりますよ」
「……なるほど」
補佐官は納得したというよりは理解を諦めた風だった。
「それに、少しはここの事もわかってきましたしね」
エルシャが目指すのはミノンの“塔”の中でも上位の研究機関である。上位の塔には木材由来の名前がついていて、その中でもメイプルとローズウッドがどうやら神聖魔法も含む魔術の研究機関としてのレベルが高いらしい。錬金術の領域は多岐にわたるので、実践魔術や化学で高いレベルにある塔も存在する。
「まあ、塔の話はまずは置いておきましょうか。せっかく借りてきた本を読むのが先ですしね」
「この本を読むのですか?」
机の上には本がうず高く積まれている。ちなみに館内閲覧と違って貸し出しは保証金が必要なので、あまりまとまった数を借りていく者は多くない。汚損なく返却すれば全額返ってくるとはいえ、高価な本の貸し出しの保証金はやはり高価なのだ。
「それにしても……神学の本もかなりの数が収蔵されているのには驚きましたね。ひょっとしたら大聖堂の次ぐらいにそろってるんじゃないですか。錬金術師、思ったより本気じゃないですか」
「異教徒に読まれているかと思うとあまりいい気はしませんが……」
「その姿勢、その感覚こそが我々の弱さだと知りなさい」
「そういうものですかね?」
補佐官はいまいちエルシャの言うことが理解できない。どうしても異端異教のことを知ること自体よくないことのように思うし、それらに神のことを知られるというのが、どうにも気持ち悪い。大事なものに触れられる感覚、というのが近いかもしれない。
「まあ、感覚というのはそう簡単に変えられないでしょうが、知らない相手と戦うというのは難しいものですよ。弱点を知らない動物を狩るのは大変でしょう」




