122 アバンは何かを収穫したいようです
国境を越えてからは街には寄らず吸血鬼の里を目指した。もちろんこなせる収穫以来はこなしながら、だけど。まあ俺の目にかかればたいした手間じゃない。そして吸血鬼の里まで特に何の問題もなくたどり着く。俺たちはともかく生身のはずのアバンも休まなくて平気なのは驚いたが。錬金術師あなどりがたし。そうしてたどり着いた、初めて見る吸血鬼の里は、異様な雰囲気に包まれていた。
「なんかこう、元気がないというか、ほぼ死んでいるというか……」
「何があったんでしょうね」
視界を拡張し、元気さの度合いを表示する。HPバーのようなもの、だと思う。どこの家にも限りなくゼロになった吸血鬼が倒れている。壁の向こうだろうがなんだろうが平気で位置とHPバーが表示できてしまうのはどういう仕組み何だろうな。怖くて聞けないけど。
「なるほど、なるほど」
アバンが何か納得しているようだが、そもそもこの男は何の目的でここまでついてきたのだろうな。
「マスター殿は、生命力を見ることができるのですね」
アバンが少し考えるしぐさをする。
「私はぼんやりとした方向しかわからないのですが……あちらの方に、強力な生命力を持ったものはいませんかね」
指をさした方向には確かにそれらしき反応がある。
「ああ、あるぞ。あの赤茶色っぽい壁の建物の中だな」
そう俺が言うと、アバンは今まで俺たちに見せたことのない獰猛な笑みを浮かべた。
◆◆◆
扉を開けると、何人もの半殺しにされた吸血鬼の間にその男は立っていた。明らかに纏う気配の違う何か。それを見たアバンが歓喜の声を上げる。
「いい! いいですねえ! 実にいい!」
アバンのほうをつい見てしまう。怖いぞこいつ。口が裂けてるのかと思った。
「何だお前は。俺は人間に用はないぞ」
吸血鬼が吸血鬼らしからぬ事を言う。しかしアバンはそのおかしさを気にも留めずに宣言した。
「あなたを収穫に来たのですよ」
「収穫だあ?」
一人だけ元気そうな吸血鬼が眉を上げる。そこに別の声がかぶせられた。
「無粋な男よの。先約があるのじゃ、ちっと待っておれ」
女の声がしたほうを振り返ると、剣を杖のようにして片膝をついた女の子がいた。しかし女の子とさっきの声の雰囲気が全くあってないのはどういうことだろう?
「おやおやおやおや、また珍しいモノが転がっているじゃないですか」
「転がってなどおらぬわ! おぬしの目は節穴か」
「無様なことに変わりはないでしょう?」
「チーシャ、相手しちゃダメ」
今度こそ、女の子の声がした。なるほど、他の吸血鬼とちがって少しだけHPバーが残っているように見える。しかしいつからこの子は戦っているのだろう。
「吸血鬼同士の戦いというのは不毛なものですからね。続けようと思えば何年だって続けられるのですよ。先約なんて言ってますがいつから遊んでることやら。そして待ってたらいつまでも順番なんて回ってきません」
いや、まあ俺は興味本位でここまで来ただけだしな……別に順番はどっちでもいいんだが。
「しかしですね、お嬢さんにもその趣味の悪い魔剣にも今は用がないのです」
「わ……わらわの趣味は悪くない!」
魔剣には魔剣なりのこだわりがあるのだろう。が、ピンクでハートの魔剣とかお世辞にも趣味がいいとは言えない気がするぞ、言わないけど。




