112 エルシャもミノンに向かうようです
「おかえりなさい、エルシャ」
「なんとか返ってきましたが! 得るものは多かった!」
「あなたがそう言うのは珍しいですね」
「ええ! ええ! 学ぶことなどもうないと思っていましたが!」
「ならば良い経験でしたね。普通は気付いた時には手遅れなのですよ」
「神の御業のいと尊きこと! ですね!」
「ええ。幸いなるかな。あなたがより高みを目指すなら、私たちはより遠くまでその手を伸ばすことができるでしょう」
「ああ、そういえば!」
エルシャは振り返る。
「黒王の棺の主人ですが! 黒王ではないそうです!」
そう言うとそのまま部屋を出て行った。
「落ち着いて話してくれると、もう少し話しやすいのですけど……」
◆◆◆
水は大聖堂の周囲を満たし、地下に流れ込み、この暗闇の支配する部屋も含むいくつかの部屋を通り、そして地上へ組み上げられる。その循環自体に意味があるのだが、それは神殿の教義とは関係ない魔術回路の一部を構成している。
「最初から、そう、最初から間違っていたのですよ!」
エルシャの声が響く。音を遮るものも、吸収するものもない、水音の途切れない部屋。
「私はしばらくミノンへ行きます!」
暗闇のなかでエルシャは宣言する。それを聞くものがいるのかいないのか確認もせずに、言葉を続ける。
「今の神殿の知識だけで、神の敵を討つことはできません! それは、神の力が足りないのではなく! 人が神のあり方を誤解し! その知識を分断し! そして神の御心から離れているからですよ! 大聖堂とて同じことです!」
「あの、それは神殿批判……」
気の弱そうな声が返ってきた。誰かいるようだ。
「だまらっしゃい! 人が、人の組織の在り方を批判して何が悪いのですか!」
「だからといって、よりによってミノンとは……」
「神の奇跡も魔法も何もかも、等しく理解し解析し自らのものにしようとする! その姿勢こそ今の私のは必要なのです!」
「さすがに異端異教にまで手を出すのは……」
気弱そうな声を遮る、自信にあふれた声。もう一人いる人物は強い立場を持っているようだ。
「異教の術がただの気休めのラクガキなら研究に値しないだろうね。でも実際に何かの力が動くから彼らはそれを術として使える。つまりは、それもまた、神の御心に沿う世界の仕組みには違いないのだろう。エルシャはきっとそう考えてるんだよ」
「しかし……」
「考えてごらん。異教徒もまた、神の作られた世界、神の奇跡の内側に生きているんだ。彼らの崇める神が、祀る像が偽物であっても、その力はどこかから出て何かを起こす。それを研究した成果があるなら、それは使えるかもしれないだろう?そしてその結果ぼくたちの聖女がより強くなるなら、それは神の御心に沿う行いだということだよ」
「私の! 私の聖女ですよ!」
エルシャがこだわりを発揮する。組織の中でそのような私物化が許されるはずはないのだが
「ああ、そうだねエルシャ。君の聖女、君の聖女たちだ」
立場のありそうな声の主があっさりと肯定する。
「ということで、しばらくここを開けますので、後のことはお願いしますよ!」
「ああ、まかされよう。それでいいね」
「はい……仕方ないですね……」




