101 チクタクスタッフ
ラパンは片方の兎耳を掴むと何か口の中で呪文を唱えた。そして
「やっちゃえ! だぴょん!」
片耳がはじけ飛び、代わりにやけにギクシャクした動きの兎が現れる。
「あら、かわいらしい」
ぎょろっとした目、艶のない毛、長く伸びた前歯。とても“かわいらしい”と表現されるようなモノではない。が、
「だぴょん!」
そうでしょう!という感じでラパンは応える。
「兎さん……いえ、剥製かしら」
腹の縫い目からチッチッと音の出る、金属製の丸いものを取り出して何かを確認すると、それをまた腹の中にしまう。縫い目からおがくずがぼろぼろと零れ落ちた。
ちなみにこの世界にこういった形の“時計”は存在しない。ラパンもそれが何なのかは知らない。
「兎は兎だぴょん!」
アリシアの相手を兎に任せて、ラパンはポーチから墨壺と筆を取り出した。
「ちょっとたのむぴょん!」
「兎さんに任せるなんてひどいのね」
剥製兎が炎に包まれた、ように見えた。しかし兎は無傷である。使い魔のようなものなら、と思い続けざまに放った解除術式も不発。
「ひどくないぴょん!」
兎はいつの間にか、体とほとんど変わらない大きさの鋏を持っていた。カタカタという音を立てて口を動かしているのは威嚇のつもりだろうか、それとも楽しいのだろうか。表情のわからない目をぎょろりと動かすと、一直線にアリシアに襲い掛かる。
躱したと思った鋏の刃は、神官服の袖を裂いていた。ギクシャクした動き、何分の一秒かごとに次の位置が決まるような奇妙な動きは、まるでその兎だけが違う世界に属しているようでもある。
「この世界の理で動いてない……いえ、完全に別というわけでもないわね」
切り裂かれた神官服の袖に目を落とすアリシア。
「憶測でしかないのだけど……魔族、かしら」
「しらないぴょん!」
魔族はあまり人と関わらない、と言われている。いるとは言われているものの、見たという人がまずいないのだ。伝説伝承の中にはそれっぽい組術がいくつかある、という程度である。そしてそもそもラパンは彼らが何なのかを気にしたことはなかった。ただ、便利でかわいい餌のいらないペットにして切り札、そういう扱いである。そしてラパンにはあまり余裕がない。目の前のミイラに合わせて呪符をこの場で書いているのだ。返事もおざなりになろうというもの。語尾を忘れていないだけでも立派なものだ。
「埒が明かないわね」
服を切られた以外に特にダメージはないのだが、アリシアの方も決め手に欠く。一通り試してダメそうなのだから、ダメ元で新しい手を考えるしかない。
「確かこんな感じ……」
文献で見た魔族のわずかな記述を元に即興で小さな術を組み上げる。効くかどうかもわからないそれ、立てた指の上に生まれた小さな光の円盤を、兎に向かって無造作に投げつけた。それは避けた兎を追尾し、脇腹に傷をつける。おがくずがこぼれる。
「うそっ! だぴょん」
ポーチから別の紙を取り出して投げる。そちらにはすでに何かが書き込んである。事前に仕込んである汎用的な呪符なので効果はそれほどでもないが、準備の必要がなくすぐ投げられる。剥製兎が一気にラパンの後ろまで引き戻される。きょろきょろと周りを見回し安全を確認した兎は、腹から糸のついた針を取り出し、切り裂かれた脇腹をつくろい始めた。
「ああもう! こっちだったか! だぴょん!」
筆を手に持ったまま、ラパンは残っているもう一方の兎耳を掴んだ。
ごめんなさい、完全にシュヴァンクマイエルのアリス(https://www.amazon.co.jp/dp/B07ZLLNFSR/)に出てくる兎のイメージです。本当はラパンの話で先に出したかった…




