ショベルと少女と犬、ときどきお手紙
「ねぇねぇシロちゃん」
「ワン!」
「どこに行けばいいの?」
「ワフ…」
※※※※※※※※※※
天気は快晴。
世は並べて事も無し。
空は雲一つなく、澄み渡る青色に鳥が飛ぶ、とある農村。
農民はそれぞれ畑に繰り出し、作物の様子を見たり、実をつけたものは収穫したりと、いつもと変わらぬ日常を送っていた。やれ、今年は実の付きがいい、やれ、畑を獣に荒らされた等々。様々な表情を浮かべながら、畑仕事に従事していた。
そんな農村の1戸の木造平屋。そこでは1人の少女がいつもの農作業を終え、食事の準備をしていた。竈に火をつけ、鍋に野菜を次々と投入し、煮込んでいく。煮込まれた野菜が柔らかくなっていくのを確認しつつ、少女は鍋を時折かき混ぜ、味見をして味を調える。
「よし、これで夕飯は大丈夫」
味に満足したのか、少女は納得顔で頷く。竈の火を落とし、次は掃除をしないと、と動き始めた少女の視界は、玄関を通りかかったときに白い物を見つける。玄関のドアの下。そのわずかな隙間から差し込まれたであろう白い物は封筒であった。
「あれ、さっきまでなかったよね?」
少女が料理を始めたときは無かった封筒。特に農村では手紙の往来などほとんどなく、そういったものは行商が時折村長へ向けて送られた物くらいであり、村民にはほとんど行き渡らない。稀に、出稼ぎに行った者たちが故郷へ手紙を送るくらいであり、そういった者がいなければ、手紙なんて見ることがない者がほとんど。
「これ、手紙だけど一体誰が…」
少女が拾い上げた手紙は純白の紙でできており、それだけで高級な物であると判別できる。表は白一色。何も書かれておらず、シミ一つない封筒であることから、その紙の品質も窺い知れるというもの。
「間違えちゃったのかな?」
少女に手紙を送られる覚えはないらしい。手紙はそもそも、文字の読み書きができる者同士が遠距離における伝達手段として使うもの。一般的な農村の識字率は芳しくなく、あくまで首長が読むことができ、それを伝えればいいだけのこと。そのことから、いち農民の少女に届いたとしても読めるとは限らない。
「…ん?」
手に取った封筒をひっくり返す少女はそこで、何かが書かれているのを見つける。少女は例に漏れず文字の読み書きができない。そのため、書かれている文字を見ても墨がのたくっていることしかわからない。
「なに、これ?」
文字が書かれ、そして少女は読めないはずである。しかし、少女が注視するとその顔色が困惑したものへと変わる。
「なんで私の名前が…ん?」
手紙の文字が読めたのである。いや、読めたというより、文字に訴えかけられたと言ったほうがいいのだろう。なにせ少女は文字が読めない。にもかかわらず、理解できたのである。
そのことに少女は不思議がったが、そのとき目の前の扉の隙間の光に影が出来ていることに気づいた。影は扉の前から伸びているということから、この手紙の関係者であるかもしれない。少女はそのように判断し、手紙に落としていた視線を扉に向ける。
「…誰か、いるの?」
声をかけようと思ったのだろう。少女は戸惑いながらも扉のほうに近寄る。若干不安なその顔色のまま、少女は意を決して声をかける。
「すみません、そこにどなたかいますか?」
………
暫しの静寂。反応が返ってこないことに、少女は不安の顔色を更に濃くする。どうするべきか。そのように少女が逡巡したとき、扉の向こう側から反応が返ってきた。
「ワン!」
「…え?」
聞こえたのは犬の鳴き声。犬がそこにいるということか。なんで犬がここにいるのだろうと少女は不思議がったが、反応が返ってきたことで幾分か顔色が戻ってきた。何がいるのかわかったからか、少女はそのまま扉を開けた。
「でかっ!!」
犬はいた。白い毛の犬が、お座りの状態で扉の前に待っていた。舌を出したその息遣いも聞こえるから間違いない。
しかし、その大きさは普通の犬とは比較にならない。なにせ、少女の身長を遥かに上回っているのである。もしかしたら、近くの森に出没する熊すらも超えるかもしれないほどの巨体。顔が軽く屋根に当たりそうなほどの大きさは、一見すると恐怖を覚えるような見た目である。少女も一瞬たじろぎ、一歩後ずさるほどだが、そんな少女を白い犬はつぶらな瞳で見つめるだけ。
「あ、えっと…えぇ…」
あまりの大きさに驚く少女。というよりも困惑しているほうが強いか。如何せん、犬が巨大すぎるのである。普通の犬はこれほどの大きさはない。近隣で猟師が飼っている犬ですら、少女よりも一回り小さいほどだ。にもかかわらず、目の前の犬はそれを優に超える大きさであるから、恐怖を覚えるはず。
であるが、犬は少女を見つめるだけで何もしない。ただその青い瞳で見つめるだけ。見つめると分かるその瞳は綺麗なものであり、見ているものには威圧感を与えない澄んだものである。
それを見てしまったからか、少女は恐怖するよりも困惑するとなった。
「あの…ど、どうしたの…?」
思わず人に話すように声をかけている少女だが、すぐさま犬に言ってもわからないと気づいたようだ。どうしようかとあたふたする少女を前に、その白い犬は少女をのぞき込んでいた目を、その手元へと移す。
「え、これ?」
「ワン」
手元には、先ほど扉の隙間から投げ込まれていた手紙。これを見ているのかと確認した少女だが、それに返事をするかのように吠える犬を見て、若干認識を変えた。もしや、この犬は理解しているのではないか、と。
その証拠に、犬に手紙のことを確認すると、軽く吠えつつ頷かれたのである。このような、人と会話が成立するほどの知能が高い犬はそうそういない。むしろ、人の言葉を理解し、会話が成立する犬など皆無であるため、この犬は非常に珍しい部類であるが伺える。もっとも、少女は他の犬がどのようなものであるのか知らないため、そのことについて理解が及んでいないが。
「これがどうしたの?まさか、これを入れたのはあなた?」
「ワン」
まさかの返事。そして手紙が隙間から入っていたのは、この犬がやったことと分かった少女ではあるが、少女の知人等にこのような巨大な犬を飼っている者はいない。ましてや、手紙を送られるような相手すら思いついていないのだ。
そもそもが、文字を読めない人へ手紙を送ること自体、紙の無駄遣い。そんなことをするものはいないはずであるが、少女は先ほどの不思議な文字を思い出す。
目を通しただけで読むことができた自分の名前。そんなものを症状は未だかつて見たことがなかったことから興味を惹かれた。
「じゃあ、中を開けるね。」
※※※※※※※※※※
扉の前に腰掛けた少女の横で、犬は伏せて少女を見やる。その姿は、手紙の返事を待っている様子としか思えないため、少女は犬に対し何もせず、視線を手元の紙に落として手紙を読み始めた。
伏せた犬はそれで構わないとばかりに傍にいる中、少女は手紙を先へ先へと読み進める。宛名と同様、少女には読めない文字がつらつらと書かれているが、それでも理解できているのであろう。視線を下へ下へと移していく。そんな少女を犬は黙視する。
「えっと、これはつまり…」
最後まで読み終えた手紙を膝に置き、少女は視線を犬へ戻す。見つめられた犬は、手紙を読み終えた少女を見つめ続けるだけ。先ほどまでの会話をしていたかのような仕草もなく、ただ見つめるだけである。
「穴を掘れってこと?」
膝に置かれている手紙には、何行にも渡る文字が記されている。そこに書かれている文章を読み要約すると、次の通りになる。
”少女よ、白き犬の持つ道具をもって、共に世界を巡れ。”
”犬の持つ道具を使い、洞窟を創れ。”
”洞窟の奥で、私は姿を現そう。”
そのような文章が書かれている。
手紙の最後に、これを書いた人物の名前がないか確認した少女であるが、要件だけが書かれているだけであり、書いた人物のことは一切触れられていない。
あまりにも不可解、あまりにも不可思議。
何のために、誰のためにも記載されず、ただ穴を掘ってほしいとだけ書いてある。もちろん、少女が暇であり、モノ好きならやってみようと一考するかもしれない。しかし、ここは農村。
今季節は暑い時期を過ぎ、時期に寒さが到来するであろう。そんな中農民は、収穫間近、もしくは収穫可能な作物を手入れし、刈り取っている。少女が持つ畑も、収穫まで残すところあと数日と言ったところ。そんな時に離れては、作物を収穫することができず、税を納めることもできず、村を追い出されてしまうのが目に見えているため、少女としては素直に首肯できない。
「ここを追い出されたら、私生きていけないんだけど…」
「ワフ」
困惑している少女を、心配するなとばかりに応える犬は立ち上がり、少女に背中を見せるためにその場で回った。巨大な体を器用に回したその背には大きい背のうと、1つのショベルが括り付けてあった。
「あ、これが手紙に書いてあった道具?」
当然、穴を掘るのだから必要になるであろう道具であるショベル。そして、世界を巡れと書いていることから、そのための道具を詰め込んだであろう背のう。少女は犬から解いて地面に下ろしてやる。
「あ、軽いねこれ」
農具を扱いなれているためか、少女にはそのショベルも背のうが軽く感じたのだろう。まるで空気のように軽いそれは、まるで何も持っていないかのように軽々と持ち上げられた。少女はその軽さに驚きながら地面に下ろしてやると、犬はまた少女のほうを振り返り、その双眸で少女を見つめる。
これがあれば農作業が楽になると考えたであろう少女だが、あくまでこの道具は穴を掘るために用意したと記載してあったとおり、その用途で使うべきであろう。何の対価も無しに使っては、どんなことがあってもおかしくはない。それに、この白い犬は監視しているかの如く、微動だにせずに少女を見つめる。まるで、穴を掘るためだけに使えと訴えているかのように感じるであろう視線を感じた少女は、それでもやはり旅立つことに躊躇する。
「いや、道具があってもここでの生活がね…」
「ワン!」
それは心配ない。そう言っているように思わせるような鳴き声の犬は、苦笑気味の少女を傍目に、地面に下ろされた背のうに鼻をすりつける。この背のうの中に役立つものがあるとでもいうのか、何度も鼻をこすりつける犬を見て、少女は仕方なしとばかりに背のうの大きい口を開けてみる。
「え、なにこれ!?」
背のうは少女が背負うのにちょうどいい大きさで、背負いやすそうではあった。しかし、それでは中に物が十分にいれることができず、ましてやこれから世界を旅しろと言っていることからも、必需品を詰め込んでしまえば、満足に入れられずすぐに満杯になってしまうだろう。
だが、その背のうは違った。
少女が空けた口には、黒い空間が広がっていた。そして、その黒い空間に浮くように置かれた、またもや手紙。
「これ、触っても大丈夫?」
「ワン」
頷く犬を見て、若干訝しる少女ではあるが、今までの問答から犬は理解していると判断したのだろう。おっかなびっくり、少女はそこに置かれた手紙を手に取って何事もなかったことを確認すると、再びそれを開けて目を通した。
「えっと、”この手紙は道具についての説明を記載してある。”」
道具の説明書きと記された手紙。それには犬が背負っていたショベル、背のうの説明が書かれていた。
「”このショベルは何でも掘ることができる。岩も土も関係なく、水を掬うように掘ることができる。”え、ほんと?」
「ワン!」
当然と言わんばかりに頷く犬だが、少女はやはり懐疑的だ。一見、ただのショベル。それが何でも掘れる優れものだと言われても、はいそうですと納得できないのであろう。
「じゃあ、ちょっと試してみてもいい?」
「ワン」
その巨体を静かにずらし、犬は道を空ける。少女の家の目の前、村へと続くであろう踏み固められた道の脇には、どかすのに成人の男性が数人いてようやく動くであろう大きな石、もとい岩が半分埋まっていた。少女の家の目印にはちょうどいいそれは、しかし大きすぎることから、ちょっとした邪魔物だったのであろう。
少女は早速ショベルを手に取り、その岩のもとへと向かう。
「それじゃこれを…えいっ」
甲高い音と共に跳ね返される。
そうなると思ったため、衝撃を手に受け切らないよう軽く力を込めたくらいの速度で少女はショベルを振り下ろしたが、しかし。
「え、えぇぇ!!?」
それでも威力は大きかったのか、ショベルは岩へ滑るように入っていき、滑るように岩を削る。だけでなく、岩をそぎ落としたかと思えばそのまま地面をも抉った。持ち手に手をかけていたからか、勢いそのままショベルへと転倒しかけた少女は慌てて踏ん張り、なんとかショベルがこのまま先に進むことを止めた。
「ちょ、ちょっと!!これ、掘れるってもんじゃないんだけど!!」
あまりの鋭さ、削れ具合に、思わず声を荒げる少女であるが、それを見やる犬は手紙に書かれたことは嘘ではなかっただろうとばかりに頷くのみ。少女の抗議の声には耳を貸していないようだ。
刺さりすぎたショベルを引き抜く時もやはり力はいらないのか、大きな抵抗もなく引き抜いたショベルを少女はそっと地面に置いた。
「あ、危ないなぁ…」
改めて見ると、岩にはショベルが通った跡が残っている。そこだけが綺麗に刃物で切られたかのように、一筋線が入っている。ひび割れも見つからず、綺麗に一本の線が入っているそれは、そのシャベルがいかに鋭いのかを物語っている。
改めてシャベルの凄まじさを感じたであろう少女は、再び手紙を手に取り続きを読む。
「”なお、シャベルは手で触れていないと機能を発揮しない。”あ、これなら持ち運ぶときは安全だ。」
何でも掘削できるということは、持ち運ぶときに不便である。少しでも刃に触れてしまうだけで削れてしまうことから、持ち運ぶときに不便ではないかと少女は考えたようだが、そこは杞憂に終わった。
シャベルの検証を終え、手紙へと視線を戻して読んでいくと、今度は背のうの説明についてのようである。
「で、次は…”この背のうは、万物が入る背のうであり、幾らでも入れることができる。”って書いてあるけど、シャベルがアレだったからなぁ…」
思わず背のうに視線を移す少女だが、先ほどのシャベルのことを思い出しているのだろう。シャベルは手紙に書かれてある通り、何でも掘れるかのような感触をその手に残しているのか、少女はシャベルと自分の手を何度も見返す。
やがて、気を取り直し背のうに向き直った少女は、改めて背のうに向き直る。先ほど、手紙だけが暗闇にポツンと浮いていた背のう。本当に入るのだろうから、物は試しと家の中から鍋を持ってきた少女。それを背のうの口に入れると、鍋は不思議なことに、暗闇に吸い込まれていった。
「うわー、吸い込まれていく感じがして不思議…これってどうやって取り出すの?」
するりと入った鍋を見て思わず少女が呟くが、今度はそれを取り出せるのかと不安になったのだろう。手紙を取り出して、取り出し方続きを読み始める。
「で、取り出すときは…”なお、取り出すときは取り出したい物体を思い浮かべて背のうに手を入れれば触れられる。”と…じゃあ、試しに取り出してみようか。」
鍋と呟きながら、少女は真っ暗な口を開ける背のうに手を入れる。外観からは何もないように見えるが、少女が手を引き出すと、その手には先ほど背のうに入れた鍋があった。
どうやら説明通り、思い浮かべただけで物を取り出せるらしい。便利だと少女は思ったが、そこでふと疑問に思ったのか。
「おぉ、普通に取り出せた。でも、何でもかんでも入るってことは、それだけ重くならない?」
鍋1つは結構な重さである。それ1つでは問題ないが、様々な物を入れた場合重量は増すばかりなはずであり、内容物分重量が増えたら持ち運びが困難になる可能性がある。
そう考えたであろう少女は、鍋を再び背のうに入れ、蓋を占めて背負ってみた。すると。
「あれ?全然重くない…むしろ、重さが変わってない?」
先ほど地面に下ろしたときに感じた重さ。つまり、何も入っていない状態の重さと同じということだ。先ほどの鍋が入っているとは思えない重さに少女は驚いているが、それを裏付けるかのように犬が頷いている。
背のうを下ろし、手紙の続きを読む少女であるが、どうやら手紙はもう終わりが近くなっているようで、少女の視線は手紙の下のほうに移っている。
「”今回の報酬は背のうに入れてある。報酬と念じて取り出すといい。”だって…何だろう?」
「ワフ」
いいからいいからと言わんばかりに鼻先を背のうへ向ける犬に少女が促されつつ背のうに手を入れる。そして報酬と念じたのだろう。入れていた手を外に出すと、そこには布袋が1つ手中に収まっていた。
少女の手にはずしりと重さが伝わっているのだろう、若干重さを感じているようだが、それよりも気になることがあるのか、少女はその袋を若干振ってみる。
「なんかジャラジャラ言ってるけど、これは硬貨?」
硬貨はあまり農村では流通しない。そもそも、税を納める際は物納になっているためだ。しかし、少女が持つ布袋を振ると、ジャラジャラと金属が擦れる音が響く。
一体どれほどの硬貨が入っているのか、中々の重みを感じる鈍い音である。少女は気になり、その布袋を開けてみる。
「え、これって金…?」
入っていたものは、黄金色の硬貨。硬貨の中でも一番価値のあると言われている金貨。それが大量に布袋に詰め込まれていた。
金貨が1枚あるだけで平民は1年暮らせる。それが布袋に詰め込まれている分だけあるのだ。それだけでしばらく働くことなく暮らすことができるほどである。つまり。
「これがあれば税は納めることができるけど…」
彼女が危惧していた税を納めることが可能である。流石に税を今まで物納にしていたところを硬貨にするための説明が必要とは言え、少女はこれで旅立つことが可能となった。あとは、今育てている農作物を収穫してしまえば後顧の憂いは断たれる。
だが、今まで育った場所から離れるということに後ろ髪を引かれる思いなのか、その表情は逡巡している。
「でも、ここまで準備してくれたんだから行くしかないかなぁ…」
「ワン!」
一緒に行こうと誘うような声の犬。ここまで旅路の支度をしてもらい、しかも金貨まで用意してくれる厚遇である。
一介の、ただの農民でしかない少女。そんな少女にこれほどまでの報酬を用意し、ただ穴を掘らせるためだけに世界を巡らせるという不可解なことをさせるなどという相手は、果たしてどんな存在なのか。
疑問は尽きないがこのあとの生活を保障されてしまった少女。一度目を閉じて考え込んだ表情をする少女を、白い犬はただ静かに見守る。
暫し、静かになった1人と1匹の間。太陽が傾き、夕暮れが近づいていく。周囲の家々からは夕飯の煙が立ち昇るのが散見され始め、夜の帳もすぐそこまで近づいていると感じられる中、少女は顔を上げ、立ち上がった。
「…よし!行こうか!」
「ワン!」
「ここまでお膳立てされてるんだから、行かないと相手に失礼だからね。ただ、行くのは作物を収穫してからだよ。」
「ワンワン!」
少女の決意。それに呼応した犬は嬉しそうに返事をし、嬉しそうに尻尾を振った。どうやら手紙の主の役目を果たせたということで、犬も満足したのだろう。だが、この犬はこのあとどうするのだろうか。
少女は立ち上がった時に落ちた手紙に気づいたようで、それを手に取る。
「そういえば、行くか行かないかで迷ってたけど、手紙最後まで読んでなかった。」
もう残り少ない手紙を最後まで読み進める少女だが、そこに犬のことが書かれていたようで。
「”最後に、この白い犬はあなたが引き取りなさい。人に懐き、貴女を守る者となるでしょう。”
あれ、一緒に付いてくるの?」
「ワン!」
「そう、なら一緒に行こうか!」
※※※※※※※※※※
農作物を収穫し、長に税を納め、旅の支度が終わった少女は家の戸締りを完了したようで、家の外で待っている犬のもとへ向かう。出発するであろうその日も太陽は燦々と輝いており、絶好の旅日和である。
「それじゃあシロちゃん、行こっか!」
「ワン!」
シロと名付けられた犬は、少女の掛け声に応え、その背に少女を乗せる。少女の背にはあの日もらった背のうとショベルが背負われており、準備万全な少女を大きなシロは苦も無く乗せ、その歩みを進める。巨体なだけあり、その歩幅は大きく、少女が住んでいた家がすぐ小さくなっていくほどだ。
やがて村からの出口を超え街道に出た少女は、村を振り返る。
これからの旅路に不安を覚えたのか、感傷を覚えたのか、その表情は哀愁が少し漂っているが、すぐに表情を引き締めると、犬と共に前を向く。その顔はこれからの旅に楽しみを見出しているかのよう。だからこそ、少女は犬に問いかける。
「ねぇねぇシロちゃん」
「ワン!」
「どこに行けばいいの?」
「ワフ…」
天気は快晴。
世は並べて事も無し。
後世、不思議な洞窟と、そこで見つかる不思議なものが世を騒がせ、そして人々を助けていく。しかし、それは物語が違うため、また別の機会になるだろう。
少女と白い犬と共に、青空の下をどこまでも歩く。