第3話 現実から空想に…そして現実へ
それからどれくらい経っただろう…
俺はなんとか命を繋げていた。
母は、毎日仕事が終わると面会時間ギリギリまで部屋に居てくれる。そして、その日にあった出来事などを語りかけてくれた。
週末には父も一緒に訪れてくれていた。
俺は両親の愛に感謝して、どうにか両親に自分が意識があることを知らせようと、両親の会話に合わせて瞬きをしようとしていた。
しかし、瞬きは自然に行う生理現象として捉えられ気づかれることはなかった…
正直、両親が訪れている時間以外は、苦痛でしかなかった。
何をすることもできないまま、ただひたすらに膨大な時だけがあるのだ…
ひたすら数字を数えてみたり、人の名前を思い出したりしたり、昔の思い出を振り返ったり…
しかし、そんなことで潰せるほど、この何もない時間は甘くはなかった!
考えてもみてくれ!
君が今から食事は体内に直接入れ、尿も便もロボットが世話をするから何も動かずに、何もせずにひたすらにじっとしていてくれと、意識を保ったまま、麻酔を打たれ続けたしてどのくらい耐えられようか?
まともな人間なら、1週間も耐えられず、
「この地獄からもう解放してくれ!」
と懇願することは保証しよう。
もちろん俺も、例に漏れず目覚めてから1ヵ月もしようとする頃には、半ばノイローゼのように、生きることに疲れきっていた。
『なぜあの事故で、あのまま死なせてくれなかったんだ!?もう耐えられない!!殺してくれ!』
などと、親が来る度に心の中で悪態をついたものだ。
その地獄から抜け出せたのは、ある時好きだったゲームのことを思い出しているときに、ふいに考えたことだった。
(空想の世界で、自分が好きだったゲームのような冒険をしたらいいのでは?自分だけのオリジナルの冒険の旅に出よう!
ただのおぼろげなイメージではなく、VRMMOのようなもう1人の自分になって!!)
それからはひたすらに強くイメージした。
自分の姿、世界、そして仲間たちと・・
最初はなかなか難しかったが、時間だけは無限にある。ただひたすらにイメージを追いかけていると、ある時を境にそれは明確なものへと変わっていった。
まるで自分が映画の世界にそのまま入ってしまったかのごとく、自然にそして滑らかに動いている。それはすでに想像などというようなおぼろげなものではなかった。
俺は時間の感覚すら置き去りにして、想像の世界へ逃げ込む毎日を過ごしていた。たまに現実へ戻っても何も変化のない自身の身体への諦めからか完全に現実逃避に身を任せるだけであった。
あの日が訪れるまでは…
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俺は相変わらず想像の世界に閉じ籠っていた。正直どのくらいの時間が経過したのかすら把握できていなかった。
その日はふいに訪れた。いつもとは違う雰囲気で母から声が掛けられる。
『大地、あんたが事故にあってもう15年になるのよ。あんたは15年経っても変わらなかったわね…
あれから母さんの人生は大きく変わったわ。一番大きい変化は10年前に父さんと離婚をしたことね。私たち仲良かったから、あんたが目を覚ましたらびっくりしちゃうだろうね。』
(そうか…ある時を境に父さんは全く訪れることがなくなっていたので予想はしてたけど…間違いなく俺のことが原因なんだろう…)
『母さんは、大地の笑顔をもう1度見るんだって長いあいだ頑張ってきたけど、もうそれは無理そう…
母さん、もうすぐ死ぬらしいの…
末期ガンだって……余命3か月…
オペもできないくらい全身に転移してるみたい。』
(何!?母さんが死ぬ?
散々親不孝ばかり…
しまいには、寝たきりになって15年も介護させ、その疲れやストレスからガンになったのは間違いないだろう…
親孝行1つするどころか最後まで不幸をばら蒔いて、お詫びの言葉も、お別れの挨拶1つできないままサヨナラなのか…)
泣きながら母は俺の頭を優しく撫で続け…
気づけば徐々にその手を俺の首に移動していた…
『私はもうあなたを守ってあげられない…
だからせめて私の手で終わらせてあげるからね…大好きよ!』
そっとその手に力がこもっていく…
(母さんごめんなさい…母さんの子供に生まれて不幸にしてしまってごめんなさい!本当に大好きだよ…
…あり…が…と…う……)
俺は、ただただ母の辛そうな泣き顔を見つめながら…
その生涯を終えるのだった…