第2話 閉じ込め症候群
どのくらいの時間が経過したのか…
俺は目覚めた。
混乱していたが、自分が店に突然飛び込んできた車に跳ねられたことを思い出せた。
(ここは病院か?
あの事故で俺は助かったのか?)
俺は、誰か人を呼ぼうと声を出そうとした。
しかし、声どころか「うぅー」という小さなうなり声すら出すことが出来ない。
仕方ないので身体がどの程度ひどい怪我をしているかは分からないが、人を呼ぶためにまずは頭を少しだけ上げようとした。
だが全く動かない。次々と手、足、指と試してみるが全く動こうとしない。
(これは思ってた以上にひどい怪我らしい…
まあ、何が起こったのかよく分からないが、あれだけの事故で助かっただけでも奇跡だろう。
人が来るまで大人しく待つしかないか…)
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それから数時間後、部屋には父と母、それと先生らしき人が入ってきていた。
当然俺は、
『父さん、母さん』
と、何度も何度も口を動かそうとしたのだが…
やはり何も動かない…
先生らしき人物は
『この度の事故大変でしたね。息子さんの病状についてもう一度詳しく説明させて頂きます。
息子さんは、事故後奇跡的に一命はとりとめました。しかし、脳への損傷が激しく、植物状態と判定をさせて頂きました。
現在彼には、意識はありません。』
(おいおい・・待て待て!どうなってる?
俺はちゃんと意識があるぞ!
勝手に植物人間にするんじゃないよ!?)
『先生、息子は本当に意識はないんですか?今は目も開いているじゃないですか』
泣きながら母は先生に訪ねる。
(おー母さん気づいてくれたか?)
『お母さん、辛いお気持ちはよく分かります。
私たちで調べたところ、息子さんのこちらの呼び掛けにも応じない。痛みや刺激に対する反応も一切ありませんでした。
植物状態では自発呼吸も、できておりますし、睡眠と覚醒のサイクルは維持されております。
瞬きもできますので、目が開いているからといって、意識があるわけではありません』
(待て待て待て!今現在意識あるっちゅーの!
ちゃんと検査しなおしてくれ!!
頼むから…)
『息子さんの場合、事故の影響で全身の内蔵の損傷もひどかったため、これからもしばらくは予断を許さない状況です。もしもの時に延命処置を希望されるかをご夫婦でよく考えて話し合っておいてください。』
父が絞り出すように声を発する
『先生、息子は今を乗り切ったとして植物状態でどのくらい生きられるのでしょうか?
息子が意識を取り戻すことは本当にありえないのでしょうか?』
『植物状態から回復する事例は確かにあります。
今回のように事故が原因の場合は、可能性が高いのは事故後1年間…そこまでに回復しなかった場合はほぼ0となります。
言いにくいのですが、あまり過度に期待はされないで下さい。特に1年経過後の回復は限りなく0に近い奇跡のような確率だということを…
植物状態での生命維持に関しては、本人の体力次第としか言えませんが20年以上生きられてる方もいらっしゃいます。
他に質問がなければ、一度失礼させて頂きます。それではお2人でよく話し合って下さい』
先生はそのまま軽く会釈して出ていった。
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部屋に残された父と母は沈黙を保っていた。
それはそうだろう…1人息子が、植物状態になりました!と急に言われて納得できるはずもない。
『なぜこんなことに…』
ふいに父の小さな呟きにより沈黙が破られた。
『ごめんなさい。私のせいなの!私がゲームばかりしてないでたまには散歩でもして、身体を動かせなんて言ったから大地はあそこに…』
泣き崩れる母を抱きしめながら、父は強く言う
『君のせいではない!断じてそれだけはない!だれが真っ昼間の店内に酔っぱらい運転の暴走車が突っ込んでくるなんて予想できようか…
悪いのは捕まった犯人だ!』
(そうか…酔っぱらいの暴走車だったのか!
まじで運が悪いな。
こんな話ニュースで、あくまでも他人事で聞く話だろ…?
しかし、俺の身体はどうなってるんだ?
瞬き以外身体のどこも動かせない。
下手すると俺はこのまま死んでしまうらしいが、今の俺には何もできない。本当に困った。意識あることをどうにか伝えたいが手段も思い浮かばない…
あーあの医者をぶん殴ってやりたい!
父さん母さんお願いだからセカンド・オピニオンを頼むと言ってくれ!!)
俺自身には、現在の身体の状態は説明できないが、これは【閉じ込め症候群】と呼ばれる症状だ。
脳梗塞や事故により、主に脳幹の橋腹側部が広範囲に障害されることによっておこる。
眼球運動と瞬き以外のすべての随意運動が障害されるが、感覚は正常で意識は清明である。単に意思表示の方法が欠如した状態なのである。
意識ははっきりとあり、きちんと見えてるし、聞こえてる。
ただし、このことに俺以外誰も気づかないし、伝える手段もないのだ…
ずっと父の胸で泣いていた母が顔をあげた。
『もしものときは延命処置でも、なんでもしてもらいましょう!!
あの子はまだ生きている!心臓も動いているし、温もりもあるわ…!
目覚める確率が0でないのなら私の一生をかけてもあの子を信じて守り続けたいの!!』
とても強い声だった。
そんな母を見返し、父は無言で頷くのだった…